ブログの渋谷
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2012年4月22日
決断!
先週は大きな決断をしたと思っている。
いろんな性(サガ)があって、そういった要素の中でも、しっかりとぶれずにやるということだけ。
軽々しく「我欲を捨てろ」とか「社会の公器」とか言うのだったら、もちろん自分自身の振る舞いも、そうでなければならない。
今はまだストイックでいいんだと思う。
ぶれない軸を貫き続けることで、一生折れない芯を作っている段階なので。
まぁ、どういう状態であっても、唯一の目的である当社のフィロソフィーを体現し実践することに全てを捧げると決めている。
自分みたいな凡人で能力の低い人間は、そういう意思の強さとかぶれない軸から醸成されるホンモノの本気度が無ければ、誰も幸せになんてできないし、社会の公器になどなれるわけもない。
会社が、社会を良くする為の公器なのであれば、私たちはそのマネジメントを社会の為に天から任せられているだけ。
ならばそこに私心や我欲が入り込んではいけない。
一度きりの人生、やりきるだけッス!!!
投稿者 sdv : 11:17| コメント (0)
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2011年12月30日
2011年もあと少し
今年もあとわずか...
またまた激動の一年だった。
しかし一年でこれだけよく動いて変われるもんだなぁ~と振り返ればわが事ながらおもしろい(笑)
動きのある事業では、間違いなく社員も事業も成長感が見える。
来年も最初から事業組織の改定あり、外部監査あり、M&Aあり、会社の体制変更あり、人事制度の改訂あり、テレマティクスサービスの開始あり...もう何が何やら(笑)
だけど、こういう状況を乗り切り、負荷への耐性をつけることが、将来への強さの源泉。
全員で乗り切っていきたい!
そして、1年後にはしっかりと手応えを感じていたい!
投稿者 sdv : 15:18| コメント (0)
« Philosphyの実践 |メイン| 東北へ! »
2011年12月15日
イラク戦争終結
オバマ大統領がイラク戦争の終結を宣言したそうだ。
http://www.cnn.co.jp/usa/30004929.html
かれこれ9年間もやってたんだなぁ...
大量破壊兵器を保有しているとか、なんか妙な大義を掲げて始まった戦争だったけど、米国・イラク双方に民間人含めて多数の死傷者を出しただけで、結局は勝者なんて誰もいない。
皮肉なことに、アラブのいくつかの国では、強力な軍事力ではどうにもならなかった民主化が「情報」と言う武器によって、簡単に成し遂げられた。
“アラブの春”だ。
「ペンは剣よりも強し」とは19世紀英国の言葉だが、今は「情報はミサイルより強し」だろう。
そして、今や戦場もこの「情報」の伝達を司るインフラストラクチャであるサイバー空間に移行しつつある。
当社の管理するIPネットワークにも、ジャンジャン中国からの無差別攻撃はやってくる。
今やサイバー空間で戦っているのは、兵士ではなくネットワークエンジニアだ。
イラク戦争の終結、そして米国の軍事費大幅削減、そしてサイバーテロの横行と、時代の変化を予見させるかのようだ。
投稿者 sdv : 23:02| コメント (0)
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2011年10月21日
情報革命がもたらすニヒリズム
私が初めてInternetなるものに触れたのが1994年頃。
まだWin95はこの世に存在せず、macでnewsgroup"fj"のコミュニティに参加したりしていた。
その後、Internetについて、諸々考えをまとめていき、自分なりの普遍的な本質に辿りついたのが、20世紀の最後の方かなぁ...
地元の大学での講演でも「構造改革のインフラはInternetだ!」なんてやってたなぁ...(笑)
このBlogでも何度か書いてるんだけど、ちょうど10年前のメモを見つけた。
===2001年7月の社内向けフィロソフィーメモ===
いつも事あるごとに社内で言ってますので、十分に理解されていると思いますが、
「IT革命」「インターネット革命」「情報革命」など、様々な用語と定義があり
ますが、ここでは細かい話は抜きにして広義にはインターネットがもたらした思想
により実現された価値の転倒と時代の変革という意味だと捉えています。
インターネットは、思想面でも物理的要素からも「自己責任」「オープン」
「インタラクティブ」「フラット」「グローバル」「スピード」等と言う思想を
革命的にもたらしました。
現在の構造改革なども、情報革命の一環だと考えています。
第2次産業からの脱却と高付加価値なビジネスへのシフトは、一時的な調整時期を
痛みを伴って必要としますが、崩壊の次ぎにある創造を興すことによってのみ可能
となります。
※本コラムとは関係ないですが、当社の事業はまさしくこの分野における付加価値
の創造であり、単なる労働集約的な要素や設備産業に終始するのではなく、顧客
ニーズに対して明確に効果を提供することを事業の中心的思考と考えています。
これらの思想の中で一番重要な要素が「自己責任」であると考えています。
日本的構造改革の中心となる考え方も、「自立と自己責任」であると言われており、
セーフティネットなどの整備もありますが、成長分野と目されるIT業界において仕事
をすると言うことや、当社を取り巻く環境などを考慮すれば、まちがいなく社員の
意識として「自己責任」を徹底する必要があります。
=======================================
この思想が民主主義の分野に昇華されたのが、"スマート・デモクラシー"の概念。
経済・外交・政治・地域社会・教育・文化...などあらゆる仕組みが、この普遍的な本質に紐づいてニヒリズム(価値の転倒)に繋がっていくのが、「情報革命」の本質である。
ジャスミンもアラブの春も、この延長にある話。ただ、行動だけは似てるが、思想が伴わないものは必ず衰退していくので、偽者の見極めも必要。
この情報革命は22世紀まで200年は続くものなので、今はまだ黎明期最初の20年。
そう考えれば、これからの10年50年100年で起こる事は、ある程度想定できるのかも知れない(笑)
投稿者 sdv : 12:35| コメント (0)
« "Stay Hungry. Stay Foolish." |メイン| 情報革命がもたらすニヒリズム »
2011年10月10日
Facebook
このところずっとFacebookへの投稿ばかりで、こちらが寂しくなっている(笑)
まぁ、誰でも読めるんだし、ボチボチ更新していきます。
それにしても、かなり以前にはクローズドなSNSで活動はしていたけど、fb始めてからまた世界が広がったなぁ~
1995~6年当時の、news groupsから始まり、オープンMLでのコミュニティ、Blogやfbへと、コミュニティの場とアプリの機能は変われど、一貫していることはIP技術・仕様・思想に基づき、社会共生力を生み出すコミュニティであるということ。
IP以前には、絶対にできなかったことで、情報収集力の早さもだが、それに付随して価値感やセンスもインタラクティブにやり取りされ、それによって育まれる社会共生力。
私の場合には基本すべて実名なので、mixiなどはあんまりやらなかった。
ネットコミュニティが発達することは、21世紀の情報通信革命期には当然の流れ。
そんな中でオープンに振る舞いながら、情報収集や価値観の共有を進め、社会共生力を養うということが、ソーシャルコミュニティリテラシーと言える。
隠したり、逃げたり、必要以上に自らの個人情報を防御したり、伝えることを面倒くさがったり...こういう考え方では、21世紀は戦えないんだ。
この社会共生力が発展することで、ソーシャルコミュニティ時代の新たな民主主義が発意されるんだと思っていて、現代そういうことを発信できる人物こそが、21世紀の哲学者なんだと思う。
この民主主義の変化を、"スマートデモクラシー"と私は呼んでいる。
どこかできちんと理論を整理したいと思っているのだが、ジャスミンも米国の大規模デモも、全てはこの流れの中で起こっていること。
ただし、それはまだまだ未熟な段階。
本当のスマートデモクラシーを無血で実現できるのは、日本しかないと思っている。
そんなことを考えながらも、日々のfbではバカなことを書いてるんだけど...(笑)
また、どこかでじっくり整理して発表したい。
投稿者 sdv : 17:08| コメント (0)
« 2012新卒内定者ランチ懇親会 |メイン| Facebook »
2011年10月 6日
"Stay Hungry. Stay Foolish."
ご冥福をお祈りいたします。
これからも教えを教訓に、ハングリーに!そして愚かなほど実直に!
投稿者 sdv : 12:29| コメント (0)
« 会社の魅力って... |メイン| 2012新卒内定者ランチ懇親会 »
2011年9月17日
自分をさらけだすこと
いきなりだけど、私はコーチングってのが嫌いだ(笑)
コーチの内面が、本当に"素"の状態からコーチングできるほどに昇華されている場合にはサイコーだと思うが、そんな人と今まで出会ったことが無い。
人間、そんなに完璧な人なんていないもので、自らコーチングを名乗れる人でも、そりゃ確かにプログラムやテクニカルな要素では、物事の考え方としていろいろあるんだろうけど、この分野はかなりそのコーチのパーソナリティに影響されると思うと、自己の内面は別の安全な場所に置いといて、人の内面に影響を与えることなんてできるもんなのかと思ってしまう...そう、私かなり偏屈です...^^;
人は人の行動、思想などに心を揺さぶられ、内面に影響を受ける。
そこには、その人の行動、思想にリアリティがあるから揺さぶられるんであって、偽者はたいがいバレる。※結果的に人を騙すギリギリのツワモノな偽者も多いが^^;
結局は"素"の自分をいかに鍛えるしかないんじゃないかなぁ~と同時に、いつも"素"の自分を周囲に100%見せる努力もしないといけなくて、素の自分をどこか安全な場所に置いたまま、内面を鍛えようとしても負荷にさらされないから強くなるはずが無い。
人間だからいいところ、悪いところ、弱いところあって当然。
それを素直にさらけ出せるかどうか。これをさらけ出せない人とは、いつまで経っても絶対に信頼関係は生まれない。
私は社員に対してバカみたいに怒ることがあるし、飲みに行ってどうしようもないオヤジになることもあるし^^;涙を流して笑うこともある。
でも、それでいいんだと思っている。あとは、"素"の自分を鍛え続けるだけで、その為に思想と軸を持つことだけだ。
投稿者 sdv : 09:45| コメント (0)
« ひたむきさ、誠実さ...ただひたすらに |メイン| 人財! »
2011年8月18日
我慢が効かない人たち...
なんかおかしくないかなぁ~
最近特に我慢が効かない人が多い気がする。
今までの常識的な社会の在り方、責任、義務のようなものを、何の迷いも無く全うするって当たり前の価値観も崩れているような。
我慢してわざわざそんな堅くやらなくても、多様な欲求を満たす物事が多すぎて、且つそれでも何とか生きていける世の中。
ご批判を覚悟で言えば、セーフティネットや労働基準法など、社会の責任と義務を全うする努力をしない人にも、手を差し伸べる制度にも問題はある。
1時間2時間満員電車に揺られて毎日出勤し、付加価値を創出し社会のため、家族のためにがんばる!なんて当たり前の価値観だと思っていたが、そんなことすら揺らぎ始めている。
勘違いなんだと思う。
甘えなんだと思う。
他責なんだと思う。
超優秀な芸術家や音楽家のように、自由な生活をしながらも価値を創出できる人はそういう生き方ができるんだろうけど、私含め凡人にそんな優秀さはない。
ならば、社会の常識の通り、何の迷いも無くひたむきに全うすることが、社会に生きる私たちの義務のはず。
学生が、思い通りの大手企業に入社できなければ「別にわざわざ就職しなくてもフリーターでいい...縛られること無く自由に生きたい!」なんていうゆとり?甘え?の考えが目立つのも、モラルハザードだと思う。
いや、縛られること無く自由に生きる!って言うのなら、人の何倍も努力して成果を出せる人は素晴らしいと思うが、大半はそうではないはず。
21世紀の情報通信革命時代。
ツールやネットワークの革新により、何でも便利になって選択肢も多く、欲求を満たす物事も多くなったが、勘違いしてはいけない。
人の本質は不変なんだ。
その本質に立脚することが大前提で、その上で技術革新を使いこなすことだ。
"自由なことほど不自由は無い。何でも不便でいいんだ!"
投稿者 sdv : 07:38| コメント (0)
« スマートコミュニティ |メイン| 我慢が効かない人たち... »
2011年8月12日
ひたむきさ、誠実さ...ただひたすらに
何がどうであっても、ひたむきな誠実さが仕事のセンスの中で一番重要だ。
どれだけ能力があっても、どれだけロジックが優れていても、結局誠実さを欠いていては、良い仕事にならない。
そう、何かを成すために、どのようにするのか?ではない。
どういう思想だから、何かを成すのである。
仕事とは思想でするもの。
その思想の原点にあるのが、このひたむきさ、誠実さ。
しかし、事業においてはこの原点を見失いそうになることが多い。
人間は弱いものなので、特に組織上位者ほど、自らを律してなければ甘えが出てしまう。
どれだけ、自分の仕事の思想を、毛細血管にまで行き渡らせ、強い軸とできるかだ。
仕事においてエゴ、利己、他責、低次元の欲求...そんなものを打ち砕き、いつでもひたむきな誠実さを原点において、思想を具現化するかのみ。
それが仕事で成果を出す唯一の方法だと思う。
いくら口ではいいことを言ってても、上っ面だけの偽者は、この思想の強さが足らないのだ。
いつも自問自答し、自らを奮い立たせ、信じる道を一生をかけて進みたい。
この気持ちだけは、死ぬまで失うまい!
死ぬ寸前まで成長し続けたい!
投稿者 sdv : 20:50| コメント (0)
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2011年7月 8日
優越的地位の乱用
最近、「優越的地位の乱用」と言うワードが何度か目にしている。
今日もニュースで流れていた。
市場を牛耳っているまたは市場に影響力のある大手企業が、下請け先、納入先に不当な取引や支援を優越的立場を背景に強要するケースに該当する。
独占禁止法の範疇である。
本件では二つの視点が巡った。
(1)確かに優越的立場にいる企業の、独禁法違反に該当するであろう事象は、実態的には数限りない。
実際に当社も、明らかに独禁法に違反しているであろうと感じる行為に何度か直面している。
しかし、その後の関係性などを考慮したり、常識的な範疇で考えて、普通は訴えないもんなんだろう...
逆に訴えられてしまうほどの話になるようでは、大手企業も脇が甘いってことになる。
しかし、あまりに商道徳を無視し、義を失い、筋が通らず、身勝手な大手の理論を振りかざす、勘違いが増えていることは事実。
市場がシュリンクし始め、内需だけに頼り、20世紀型既得権益事業を営んでいる大手企業に蔓延しているように感じる。
(2)かといって、自分たちを棚に上げて訴えたり、吠えてみても何も始まらない。
要は、大手企業にそんな理不尽な優越的地位の乱用を受けてしまうような弱い自分たちが悪いのだ。
そんなコンプライアンス意識のない企業と対峙せねばならない自社が問題なのだ。
悔しかったら、強くなってみろ!と言われている気がする。
世の中は、どちらかと言えば"弱きを助け、強きを挫く"と言う風潮があり、何でもかんでも判官贔屓である。
平等の名の下、弱いものは助けなければならないという思想の下...なのかも知れないが、その思想そのものが身勝手な欲求に基づいていることに気づかなければならない。
「なぜ欧州人が、アフリカの貧困を身勝手に援助したがるのか...」を考えれば、答えは明確である。
援助されたアフリカが貧困から脱したという話を聞いたことがない。
それところか、お金を巡って不正、賄賂、汚職、貧富の格差ばかりである。
優越的地位の乱用においては、公正取引委員会自体がヒーロー気取りな優越的地位の乱用にすら感じる(笑)
本質がどこにあるのか?をしっかり見定める必要がある。
と同時に、自分たちは自分たちの意志で乗り越えねばならぬ!
社会は理不尽なことばかり。そんなことは当たり前。
未来を切り開くのは、自分たち自身だ。
自分たちがそれをできる力を身につけて始めて、弱者に本質的な支援ができるんだと思っている。それだけが仁である。
投稿者 sdv : 12:34| コメント (0)
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2011年6月26日
人類として営々とした責任
平均年収300万円を境に男性の既婚率が大きく差が出るという報告があった。
そもそも報酬が少ないということはどういうことだろう?
とても前向きに一生懸命働いて、それなりに勉強もして能力を高める努力もして、それでも報酬が上がらない...と言う場合もあるかも知れないし、もともとお金を必要としないという生き方を望む人もいるだろう。
でも、大半はできることなら報酬は高い方がいいと思いながらも、努力不足、能力不足、やる気不足、言い訳、諦め、怠惰、不必要なプライド...などのネガティブ性によって報酬を得られない場合の方が多いように思う。
一方、学生向けの雇用対策に政府は躍起だ。
あの手この手で新卒時の就職率を上げようと、多様な施策を展開している。
が、当の学生のほうはどうだろう?
厳しい環境になれば、何でもお手盛りで誰かが支援してくれるってことが普通になってしまっては、退路を断った絶対的な強さが身に付かない。
本当の能力を身につける努力をせず、結果政府の施策でうまくマッチングできたとしても、就職後社会の厳しさに嫌気がさして離職。
そして、その後は正規雇用が定着せずに、結局年収300万円以下...
普通に考えればただのわがまま小僧で、お子様ってことにしかならない。
結婚できずに、社会との繋がりについても、自身が傷つきたくなく、負荷に耐えられず、我慢が効かないから徐々に薄れ無縁な人生。
お金が全ての基準ではもちろんないし、意思はあってもどうしようもない理由がある場合も多いだろう。
だが、一生懸命働いて、結婚して種を残し、社会に根ざすということが社会的責任であると考えれば、それが出来る立場、健康状態にあるにも関わらずそれを果たせないことは、やはり努力不足なんだと思わないとダメじゃないかと思う。
結局既婚率と言っても、相手がある話。
元来生物は優秀な種を残そうとするもの。
昨今の既婚率の低下は、生物の絶対的な本能を軽んじた結果で、政府の多様な施策もそれを助長しているようにさえ感じる。
何でもかんでも平等が良い世の中ではないのは、この地球の全ての生物の営みを見れば明らか。
"この世に生を得たるは事を為すためにあり"
まずは志を持って自分の意志で自分の人生を歩むこと。
その為の努力を惜しまぬこと。
そして、社会的責任を果たし、優秀な種を残そうと本能で考えること。
そういう大人にならねば次の世代にこの地球を受け渡せない。
投稿者 sdv : 08:19| コメント (0)
« シンデレラ... |メイン| 2011年~2020年 »
2011年6月 7日
新しい海
"古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう。
古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう。
なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る。
古い水夫は知っているのさ新しい海のこわさを"
有名なイメージの詩の一節
"新しい海"は確かに怖い。
でも、ここへ漕ぎ出さないわけには目的地に到達しない。
例え古い船であったとしても。
"新しい海"は不安に満ち、未だ経験したことのない障害が待ち受ける。
そして、自分の限界を試される。
だけどハッキリしていることは、水が澱み、やる気の無い水夫ばかりの安全な古い海を目指しても、何も得るものはないということ。
ならば漕ぎ出そう!新しい海へ。
全力で漕ぎ出した上での失敗なら納得もできるが、楽な道を選んで失敗をしたら一生悔いが残る。
新しい海は、その圧倒的な自然の力が素直な心を育んでくれる。
そして、自分で少しだけ自分を褒めたくなるような、成長をもたらしてくれる。
何も見えない水平線を目指して進んでみれば、一所に留まっていれば一生見ることのできない新しい大地を踏みしめる事ができる。
ならば、新しい水夫は何も疑わずに、古い水夫は怖さを断ち切る勇気を持って、新しい海へ漕ぎ出すのだ。
きっと怖さは経験によって怖さでは無くなり、ワクワクの方が少しだけ上回るようになる。
投稿者 sdv : 12:47| コメント (0)
« ソーシャルインベストメント |メイン| シンデレラ... »
2011年6月 3日
"責任"
ここ最近この"責任"と言う言葉の意味を良く考えさせられる。
●立場上当然負わなければならない任務や業務
●自分のした事の結果について責めを負うこと
と、国語辞典にはある。
"責"だけで見ても「当然果たすべきつとめ」と書かれている。
「当然負う、当然果たす...」とあることからも、これは絶対条件なんだろう。
それなのに、その責を果たせない場合には、それを「無責任」と言い、それを人の責任として押し付けると「他責」となる。
一番タチが悪いのは、この責任の範囲から日常的に逃れる習慣がついていて、根本的にいつも責任を負わないという姿勢の持ち主。
そういう人はがんばっている人と同じステージに上がる権利さえ持ち得ないと言うことでいいだろう。存在する意味すらない。なので成長もしない。周囲と本質的に関わることなく、一生他責ばかりで死んでいくだけ。
さて、もう少し高度な責任について考える。
普通の人は、原則発達段階で社会性を身につけ、この責任の範疇についても学習と感覚で、同じ社会に属するもの同士の視点を共有できる。
これが大人になってその属する社会(会社組織)や立場によって、微妙に変化する。
幼少の頃から身に付いた広義な社会性が、会社組織や立場によって歪められる。
それにより、社会では通用しないような他責や無責任人間に...
人間とは弱いものなので、そんな風になってしまうのは、組織の歪な風土や立場に負けてしまうってことだろう。
なのでまず組織の風土として最重要なのは「責任の範疇」だと思っている。
いわゆる「自責意識」だ。
そして組織での立場上位者が、それに負けないために「ノブレス・オブリージュ」と言う思考が必要だ。
もう一つ、自我をコントロールするための「欲求の定義、最も目指すべきは自己実現の欲求」と言う考えである。
当社は、こういう思考ができる人材だけで構成したい。
そして、そういう風土であり続けたい。
このような社会性の大前提として成立するフィロソフィーのレイヤーにおいては、多様な考えを許容するという思考は通用しない。
これらは大前提である。
"責"とは当然果たすべき、当然負うべき...なんだから、そういうことだ。
歴史のある会社、既得権益を有する会社、勘違い社長が統治する会社...歪な組織、立場に負けた人材をたっくさん見てきた。
ちょっと気を許すと、それらは入り込んでくる。
だから、いつもいつもそうならないように風土醸成には注力する必要がある。
風土醸成のために、凡事徹底!
気持ちをこめて平凡なことを非凡に責任を真摯に果たし続けることが必要で、魔除けみたいなもんだと思っている。
「自責意識」「欲求の定義」「ノブレス・オブリージュ」「凡事徹底」「風土醸成」そんな当社の行動指針のすべてが"社会での責任を果たす"ために存在し、"成長のエンジン"である。
投稿者 sdv : 20:18| コメント (0)
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2011年5月19日
真剣!
オーナーだし社長だし、会社は8社もあるし、事業分野も多岐に渡り始め、「もう現場感丸出しの仕事は卒業かなぁ~」なんて思っていたが...
松下幸之助氏はこう言っていた。
・社員が何百人いようとも、社長の熱意は最高でなくてはならない。
・小便が赤くなるほど心配したことがあるか?それほど熱心に社業に取り組んでいるか?そういう真剣さが無ければ、奇跡など起こらない。
・商売は聖なる仕事である。格調高い仕事である。そういう仕事をしていると言う自覚と意思を持つことだ。
・商売は真剣勝負である。
・水はよどんだら腐る。水と同じく経営も常に流れてなければいけない。なので経営者は「日に新た」常に進化を考えなければならない。
・叱りもせず何もせず部下が一人前になることはない。
・会社の中で一番心配するのが社長の役目。
・社長自ら先頭に立ち、社員を率いてこそ真の「飛躍」がある。
結局、会社の大きさとかオーナーだからとか、そんなことで勝手に線を引いて、くだらないプライドを持ったところで商売には何の得も無い。
社長自ら現場感で仕事を引っ張る意思を持つかどうかだけだ。
戦場に飛び込んで、真に自分の実力を試すだけだ。
商売は真剣勝負、負ければ死ぬってこと。
生死を賭けた戦場でカッコなんてつけてたり、講釈並べてたら、簡単に斬りつけられて死んでしまうだけ。
熱意と迫力と能力と知恵があるものだけが生き残れる。
口先だけの甘ったれた思想は要らない。
辛いことなんて山ほどあって当たり前。
乗り越える力を持って始めて辛さから開放されるもの。
理念・思想・手法の整理はできている。
それを先頭に立って、血の小便が出るほどにやるかどうかだけだ。
投稿者 sdv : 07:39| コメント (0)
« 優秀な人 |メイン| 真剣! »
2011年5月12日
共感
ロジック(論理性)が正しければプレゼンや営業はうまくいくかと言えば、必ずしもそうではない。
もちろん、ロジックが破綻していればそもそも話しにならないが。
データや説明が多ければうまくいくかと言えば、これもNOである。
それらが多いのは、ロジックが弱い時に必死になって補足しようと考えてしまうからであり、「伝えたい!」と言う意思はわかるのだが、実際には心に響かない。
この答えと言うのは、プレゼンや営業と言う意味合いで言えば「当社のサービス・製品を導入、購入して欲しい。又は導入、購入したい。」と言うケースが多いだろう。
その答えに導くロジックってことなので、正しければそこに導けそうなもんだが、人間そう簡単にはいかない。
ロジックなんてものは、正しいと思えば何通りも存在し、答えも何通りもあるわけなので。
では、そこに何が不足しているのか?
それは「共感」である。
人に説明された正しいことはわかるが、イマイチ腑に落ちないロジックを滔々と説明されても全く共感は生まれない。
熱さは伝わるかも知れないが、元々違う方向を向いている相手の心を動かすには至らない。
「共感」を生むためには、仮定のロジックが答えに至るプロセスであることを一緒に納得し発見した喜びを共有することが重要だ。
これ、かなり高度な手法かも知れないが、意識しておけばいろんな場面で気づきがある。
この共感を生むためには、まず精神的に相手と対峙して座るのではなく「同じ側に座る」意識が必要だし、そのムードを作らないといけない。
違う方向を向いている相手のロジックにも理解と尊敬を持たないといけない。
その上で、私たちが信じるロジックが答えへのプロセスであることを共に発見し共感し納得できなければいけない。
そう考えると、プレゼンや営業の手法も自ずと変わってくる。
「先人の経験」「サービスや製品の開発者の想いや背景」「エピソード」なんてものが、「あぁ~なるほど!それでこのサービスが生まれたんですね」とか「この製品が開発された背景にはそんなロジックの戦いがあって、それを乗り越えて生み出されたんですね」なんていう「なるほど!」を生み出せば、かなり「共感」に近づける。
私自身も、違う方向を向いている相手、そのロジックを理解するに至らない相手との会話で、無理やりに答えに至るプロセスであるロジックを「なぜわからないんだ!」とばかりに説明しているケースが多いことに気づき、大いに反省している。
まず大切なのは「共感」である。
投稿者 sdv : 07:35| コメント (0)
« 決算につき、グループ事業全般 |メイン| 共感 »
2011年5月11日
優秀な人
「優秀な人」「できる人」って世の中には結構いる。
もちろん100%完璧なんて人は難しいが、何かの切り口で優秀であったり、全般的に平均以上の能力を有していたり...
では、そういう人ってどうやっって優秀な人材になれたのか?
これっ答えは絶対に一つ!
"トコトン目標に向けてシンプルに努力する"ことをやり続けられるっていう才能・素養・強さを持っている人
ってことだ。
この「努力を継続できる才能」って言葉には深い思考がある。
・まず明確な目標が持てるってことの大切さ
・本質とは関係の無い個人のくだらないプライドなど欲求が邪魔をしないシンプルなプロ意識
・やり続けるだけのモチベーションの源泉を心の中に持てる覚悟の強さ
・これら全てを素直に信じきれる純粋な心
もちろん、論理思考や情報収集術、コミュニケーション能力、そもそものインテリジェンスなど、この過程に影響を及ぼすものはたくさんあるが、それらはあくまでも速度を上げるためのパーツに過ぎない。
そういうものがいくらあっても、「努力を継続できる才能」が無ければ全く無意味であり、場合によっては逆に胡散臭く、人を騙してしまうツールになる場合すらある。
目に見えて「成長した」と感じられる人材は、皆このような才能・素養・強さを見せている。
モチベーションの源泉はどんなことでも良い。
見栄でもいいし、金でもいいから知れない。
あまりのコンプレックスや、怖がりってことが源泉になる場合も多い。
もっと高度な自己実現の欲求なら言うことはないし、死生観に繋がれば怖いものは無い。
いずれにせよ、自己の感性に紐ついて揺るぎの無いものであればあるほど、この源泉は磐石だ。
まずは何事も継続である。
「凡事徹底」とはそんな成長のためのツールとして捉えている。
努力を継続できる才能・素養・強さを今一度私自身も考え抜いてみたい。
投稿者 sdv : 22:46| コメント (0)
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2011年4月22日
突破!
いろいろうまくいかないことがある。
どうしたらいいのかわからないとか...
ピッタリ5年前。2006年4月22日のブログ
===
どんなことでも、自分で勝手に引いた"限界線"と、自分で勝手に決めた"こうあるべきだろう"という認識と、自分で勝手に考えた"価値"などによって、自分の行動が抑制されている。
元々、何かの拍子に手に入れた知識や経験などからもたらされたこれらの"ボーダー"が、ある意味で自分自身の許容を示している場合が往々にしてある。
こんなこと、当たり前の話で誰だって分かっていることなのに、このボーダーを突破するとなると簡単にはいかない。
突破するための根拠となる強いモチベーションと、その源泉となる目標、責任、成長意欲が、相当強くなければ、案外口先だけに終わってしまう。
だって、わざわざ突破しなくても、フツーにはたぶん生きていけるし。
一度きりの人生....自分は何のために生まれてきて、何のために生き続けるのか?
元々、極々平凡で学もないアホな人間が、どこまでボーダーを突破できるのか?
ヤルしかないでしょ!!
===
5年前に書いた"突破するための根拠"は、どちらかと言えば考え方。
案外口先だけで終わってしまう...イヤ、終わってしまわないように、具体的にどうするのか?
全然関係ないように思えるかもしれないけど、普段の自分だったら絶対にやらないような、周囲のためになる小さな善を毎日習慣的にやり続けてみる。
これ騙されたと思ってやってみたら、かなり効果抜群だから。
結局、悩んでみても次の一歩を踏み出さなければ何も変わらない。
でも、どう踏み出せばいいのかなんて、その時点では答えを知っているわけもない。
ならば、関係ないと思うかも知れないけど、習慣的にまず自分が変わってみることだ。
普段の自分から何でもいいから心をこめて善の方向に踏み出してみれば、必ず新しいボーダーが見えてくる。イヤ、これマジで(笑)
投稿者 sdv : 21:57| コメント (0)
« 仕事の効率を上げるには? |メイン| 年度末 »
2011年3月30日
ブレークスルー!
ここ最近、結構ブレークスルーの連続かも。
"ブレークスルー=突破!"だと思えば、ちょっとずつは突破している気がする。
突破できた最大の要因は、「期待しない」「すべての出来事は必然」と改めて考えるようにできたことか...
アッこれ、「ここ最近」じゃなくて、「今さっき」かも(笑)
なんか、パッと目の前が晴れた。
自分の頭の中のモヤモヤがなかなか晴れなかったけど、ついさっき^^;突破できそうな思考になれた気がする。
また、社員自身のブレークスルーにも接することができそう。
これ、実は私の最大の喜びなのかも。
よし!いいぞ!何とかなる!
どうせ一度きりの人生。
自信もって周囲を振り回したもん勝ち(笑)
当たり前だが、私が責任持ってやらなくて誰がやる。
私が将来に自信を持てなくてどうする。
強く強く!単純に。
よし!やれる!
投稿者 sdv : 18:29| コメント (0)
« 無題 |メイン| 仕事の効率を上げるには? »
2011年3月26日
愚痴
私が自責だと思って、何でも自分が悪いと言う考えから、社員に問題提起しなかったり、怒らなかったりすると、社員はいつまで経ってもそのことについて、自分たちの問題を理解しない。
ならば、私は自責だと思いながらも、社員に理解してもらいたい要素を注意をすると自分の心の中にある「ほんとは会社がきちんと枠組みを作っていれば、こんなことを注意する必要も無いのに、整備できてないことが多いから申し訳ないなぁ~」と思いながら厳しいことを言ってるので、精神の疲弊が酷い。
社員は、もちろんいろんな性格の人間がいるので、私が怒ったり注意したことを、とても素直に受け入れられる社員もいれば、常に自己を肯定化し自分は悪くない!のスタンスを取る社員もいる。
前者の社員は素直な分成長も早いが、あまりに正直すぎる場合が多い。
後者の社員は常に斜めから物事を見て、他者否定と言い訳から入るので成長は遅いが、社会の中で生き抜ける術を自然と身につけるケースがある。
これはどっちがいいって話ではない。
でも、特に後者の社員と対峙するのは一時的なパワーがいる(笑)
今日は私の内面にある空しい愚痴を書くことにした。
正直かなり疲れた。
私は元々酷く臆病でちんけなヤツだ。
「オレがこれだけやってるのに...」
「誰かに褒められたい..感謝されたい」
そんな我欲がどうしても出てしまうから、いつまで経っても疲弊する。
では、そんなに仕事しなけりゃいいやん...それができれば苦労はないが、事業はすべて自分の責任なので、任せられる状況にまで成長した事業は問題ないが、そうでない黎明期の事業はやはりそういうわけにはいかない。
これは社会の中での会社の目的を達するため、皆が10年後20年後の米を買うためには、絶対にやらなければならん。
そういう強い目的達成意欲が、また自分を苦しめる。
結局は目の前にある負荷に耐え続けて初めて成長を手に入れることができるってことだから、自己実現の欲求のためには我欲を超えて疲弊に打ち勝つしかないってことか。
元来、それが自然にできるようなイケテル人間ではないので、10年以上この状態を続けていると、さすがに疲れた。
この我欲から解き放たれる、別世界の精神の有り様は無いものか...
仕事に集中しすぎて相反する関係から自分が安らぐ場所も失いそうで、何か頼れるもの、心が安らぐ時間が欲しい。孤独がツライなぁ~(笑)
こんなにイケテナイ自分は、自己に負けてわがままで我欲の塊のようなオーナー経営者に落ちぶれるのか。
ここは踏ん張りところか。
何か大きな視点から、自分の軸を強め弱さを打ち消すロジックが心の有り様に必要だ。
先日の若手社員の言葉。
「自分の弱さを隠すために、強がっているんです...」
良くわかる。我慢と忍耐は尊い。
上っ面だけの優しさ、我慢もしない身勝手と自由の勘違い、甘えだらけの馴れ合い...そんな感性からは何も創造されない。
そういうことが嫌いなクセに、そこに引き込まれそうになる自分の弱さを恥じる。
もうちょっと強がってみるか...
投稿者 sdv : 10:10| コメント (0)
« 私と云う人間 |メイン| ついに登場!"PSP フォン"Xperia PLAY »
2011年2月14日
ワンピース経営学
たぶん、きっとたぶん「ワンピース経営学」みたいな本って売ってるはず...知らないけど(笑)
そのくらい、すっごくシンプルに経営の本質を突いている。
と言うか、結局は海賊でも部活でも会社でも、組織を運営する本質は皆同じってことだな。
たぶん、きっとたぶん「ワンピース経営学」では、船長が夢を持って(方針)、それに共感した仲間たちが、互いに助け合いながらその夢の実現に向かう。
その過程で、仲間各々が持つ各々の夢についても自己実現させていく...
なんて、ことが経営そのものだ!なんて、この本(あるのか無いのかも知らないが)には書いてあるはずだ^^;
これ読んでたら良くわかることがある。
いくら「仲間が大事」だとか「夢を実現するんだ」とか言ってても、結局は強くて実力が無ければ誰も救えないし、夢も実現できないってこと。
誰もが、表面的にワンピースが経営の本質と同じであることには気づかされるし、よく理解できるはず。
でも、それを自分がやるとなれば強くならなければ何も出来ないし、強くなるための努力は尋常じゃないし(幼少の頃からワニや熊と戦ったり、10代で2年間怪物ばかりの無人島で修行して最後には怪物たちのボスになるとか...)その尋常じゃない努力を続けるモチベーションとして夢を実現させるシンプルな覚悟が生死をかけた生き様に昇華されていなければならないってことに愕然として、日常生活でそれを実践する意欲を失う。
まぁ、だから漫画の世界が楽しいんだろうけどね(笑)
でも、まぁ色々と勉強になる漫画ですわ。ハイ。
ちなみに、3D(×)2Y^^;となって、再出発を図る61巻の表紙と1巻の表紙と、見比べたら...こりゃかなりヤバイね。
"ROMANCE DAWN"って副題を冠したこともうなづける。
って、やっぱりワンピースの最終巻は120巻ってことかな(笑)
投稿者 sdv : 19:09| コメント (0)
« 勉強!勉強!勉強! |メイン| ワンピース経営学 »
2011年2月13日
私と云う人間
私は虚栄心が強い、そして猜疑心もいつの頃からか強くなった。
今では、必ず物事をいったんは裏側から見るようになっている。
そして「会社を潰す社長は、真面目で気が優しくて騙されやすく、且つ虚栄心が強い弱い人」私はそうならないよう、猜疑心を持つようになった...と、人を疑う心を肯定化するようになった。
私は何でもやってみる方だが、それは思慮深いものではなく、単なる目立ちたがり屋なだけだ。
それを、「人生一度きり、やるかやらないか迷った時には、必ずやる方を選択してきた」などとかっこ良く肯定化しているに過ぎない。
私は表面だけの中途半端な完璧主義であり、またそれを部下にも求める。
本来の客観的な深い思想を持った完璧主義ではなく、「こうでなければならない!」を押し付け、「自由を勘違いするな!」と言うことで統治の材料にしているだけだ。
私は本来とても弱い。
それなのに、虚栄心が強く目立ちたがり屋だし、ちょっとは背伸びしないといけない立場になってしまっていたから、たいそう負荷に苦しんできた。
紛らわすために深酒もやるし、何か頼りたいものが欲しい。
人は誰も支えが必要で、本当は支える立場にならないといけないのに、まるでお話にならない。
私は自分勝手な小心者だ。
元来強くないので、心のどこかで「傷つきたくない」と思っている。
だから、立場を利用して人を攻撃したりもする。
事業・組織のためにではなく、自己の欲求を満たすためにそういうことをし、それを肯定化するために、事業戦略や組織論で武装する。
私は小心者なので、働いていなければ気が落ち着かない。
早く任せきれる状態になる方がいいなぁ~
でも、度量が小さいので任せられるまでに時間がかかる。
管理職と互いに良いバランスを見出したいんだけど...
私は偽善者である。
そして評論家でもある。
いろんな場面で、ちょっとした思想を伝えているが、実際にはまだまだ邪念だらけで且つ実践できてないこともたくさんある。
この理想と真実の心との乖離には、一生苦しみ続けるんだと思う。
そして、ここに書いたようなことの全てが世の中で一番嫌いだ。
私と正反対の人間を見ると、心から尊敬する。
私を突き動かすのは、嫌いな自分と言うコンプレックスから抜け出すことだけなのかも知れない。
逃げたい、諦めたい...と何度思ったことだろう。
「責任感」だけでここまでやってきた...と言うと聞こえはいいが、実際には責任逃れするような弱い人と言う本来のコンプレックスとオサラバしたいだけ。
本当は責任逃れできる人の方が、よっぽど強い人なのかも知れないが。
もっと私と云う人間の内面を自らえぐっていく必要がある。
こういう場でそれができたら、ちょっとは楽になるのかも(笑)
太宰はこう書いている「お上品なサロンは人間の最も恐るべき堕落だ。しからばどこの誰を真っ先に糾弾すべきか。自分である。私である。太宰治とか称するこの妙に気取った男である。~中略~何せどうも、気が弱くだらしない癖に、相当虚栄心も強くて、人におだてられるとワクワクして何をやりだすかわかったもんじゃない男なのだから。」
そう、まず糾弾すべきは自分の内面なのだ。
投稿者 sdv : 11:52| コメント (0)
« お相撲の話と |メイン| 私と云う人間 »
2011年2月12日
勉強!勉強!勉強!
最近はちょいとした小さな成功や、いろんなことへの理解が深くなったことなんかで、本当に大切な人としての幅を広げることを怠っていた。
そりゃ確かに能力、知識、力は大切だが、それだけではアカン。
同じことを言っても、人によって聞ける場合と聞けない場合がある。
あんたの言うことなら聞ける!にならないと。
自らのそんなことを反省してみれば、同じような輩と同じ土俵で、お互いムキになって戦うことの何と低レベルなことか。
そんなことしてては、自分も同じ穴の狢。
そういうくだらん連中を卑下してみても、結局は自分も同じってことで自責だ。
社内のマネジメント及びコミュニケーションでも同様。
本当の信頼を築くために、自分がやるべきことは何か。
会社が8社にもなって、各々にフェーズや力がこれだけ違うとマネジメント手法にも違いが出てくる。
信頼できるだけの力には到底及ばないのに、信頼とか言ってほったらかすのは上位者の甘えだし、逆に自分たちは出来ている!結果も出している!と勘違いする組織も甘えだろう。
しかし社内には本当に任せきれる組織も出てきた。
まだまだ私も管理職も社員も、一歩ずつ勉強しながら成長しないと。
実務力だけではなく、本当の人間力(表現が曖昧だけど、あえて...)を築くために勉強しないと。
それらが無ければ、これからの会社の進むべき目標になんて到底達しないだろうし、オープンな市場で強く勝負するだけの本当の力も身につかない。
昨日、私の尊敬する恩師に教えを請うて頂き、心が洗われた!
また今日から素直に勉強!努力!成長!
投稿者 sdv : 11:50| コメント (0)
« 盛者必衰の理をあらわす |メイン| 勉強!勉強!勉強! »
2011年2月10日
お相撲の話と
八百長で世の中を騒がせている相撲協会。
でも、昔から7勝7負の力士が千秋楽になぜか勝つなんてことは、相撲をよく見ている人なら大昔から常識ですよね(笑)
たぶん、昭和の頃ならこんなにも大事にならなかったんだと思うけど、今は時代がこういう不正などを許さない!既得権益で利益を得ている連中を許さない!と言う風潮が非常に強いので、ちょっとかわいそうな気も...
そういう時代背景なのに、ケータイで普通に八百長の連絡をしていた脇の甘さは問題だろう(笑)
でも考えてみればそういう脇の甘さや昨今の相撲協会の諸々の問題は、ひとえに守られ続けた組織であり、既得権益によって成り立ってきた風土そのものが原因だ。
これって、普通に世の中にもある話。
会社でも既得権益に守られ、それを守ることばかりに注力しているようなところは、変化しようとする意思が希薄で、負荷への耐性が無く、そこに集う人たちが成長していないケースが多い。
高度経済成長の頃から時代も変わり、内需においてこの既得権益に守られてきた会社も、徐々にその市場が縮小し始め崩壊するケースも出てきた。
いざ、既得権益に守られた市場が縮小してきた時に、新たな市場へ船を漕ぎ出そうとしたところで、社内にはそんなことが出来る風土も人財もいない。
なので、縮小する市場を必死で守ろうと、くだらない論理で強権発動。
相撲協会のあがきに似ている。
世の中に多くある既得権益なんて、内需での中小企業の世界がほとんど。
内需は人口減・消費減・ビジネススキームの構造変化などにより、これからもドンドン縮小していく。
それなのに、どうせ長くも続かない既得権益にしがみつく姿勢がどれだけ儚く愚かか。
相撲協会も1年くらいかけて自ら既得権益を手放し、真の自らの力だけで運営するようなスタイルに転換するしかないだろう。
すべては自責の中にあるという運営スタイルに。
投稿者 sdv : 15:51| コメント (0)
« 成長の原則 |メイン| お相撲の話と »
2011年2月 9日
盛者必衰の理をあらわす
"持つことのデメリット・リスクと持たざることのメリット・チャンス"と言う考え方を私は良く話す。
何事も"おごれる人も久しからず"である。
高度経済成長期には持つことが優位であると考えられたが、今はハッキリと違う。
持つことで守ろうとする意識が芽生え、過去の成功経験から逃れられなくなり、そこに集う人の成長を阻害し心を蝕む。
持たないことで、常に退路を断った姿勢を貫け、だから努力もし成長もし、変化を恐れず負荷にも強くなれる。
これは絶対的な真理である。
なのに人は弱い。
悲しいほど弱いので、守ろうとするし変わらないでいようとする。
見た目楽な方向へ進んでしまう。
困難な第一歩を自らの責任で踏み出すことを恐れる。
しかし、持っているものは必ず失うことも正しい。
常に無常である。
これが右肩上がりの時代には、まだ長く持てたかも知れないが、内需マイナス成長時代の難しい時代に、そもそも守りきれるわけもない。
ならば、守ろうとせずに納得の上で攻めて攻めて結果的に守れた...が一番自然だ。
同じく攻めた結果新たな価値を手に入れることも出来る。
そして攻め続けた結果、手にする一番の価値は「絶対的な成長」だ。
これだけは、経験しなければ手にすることが出来ない。
自らが成長すれば、今まで守ろうと思っていたものの価値が極めて無価値に思えることも多く、新たな価値が見えてくる。
盛者は必衰なのだ。
一生一度きり。
無常を常として、ただひたすら攻め抜くことを生き様としたい。
常に新しい価値を追い続けたい。
投稿者 sdv : 00:36| コメント (0)
« 放浪記 |メイン| 盛者必衰の理をあらわす »
2011年1月31日
成長の原則
何度か聞いたことのある原則だけど、先日あるお客様訪問時に、この原則が書かれたポスターを目にしました。
元の自分の力が【100】のAさんとBさんがいます。
Aさんは、人と比べて類まれな能力を持っているわけではないのですが、毎日毎日コツコツと意思(成長意欲・志・思想・目標...)を持って地道な努力を欠かしません。
そのため、毎日確実に0.1%ずつ成長します。
Bさんも、能力はAさんと変わらないのですが、特に成長意欲を持っているわけではないので、日々普通な生活を続け、それでも0.01%ずつは成長をしています。
この二人、10年後にどれだけ差がついているか?
Aさん【3837】 Bさん【144】
こんなに凄い差がついてしまうのです。
一日の成長率は、0.1%と0.01%なので、10倍の差があるとは言え、大きな率ではありません。
なので、0.1%と言うのは、普通の能力の人でも自らの考え方一つで、絶対に出来る範囲の成長率です。
お分かりの通り、これは率なので母数が大きくなると複利(再投資)と同じ考え方で二次曲線を描きます。
私はこの「成長の原則」と近しい表現として、"知識の風船"又は"知識を吸収する能力の風船"と言う言葉を使います。
最初は皆同じ大きさの風船を身につけています。
※生まれつき大きな風船を持っている天才もいますが...^^;
その風船は表面積すべてを使って"知識"を吸収することができ、その吸収によって更に風船は大きくなっていきます。
なので、最初の内はがんばって"知識"を吸収しても、元々吸収できる量が知れているので、なかなか風船は大きくなりません。
しかし、それを継続して少しずつ風船が大きくなっていくと、途中からおもしろいくらいに知識が吸収でき、それにより更に能力が膨らむと言う好循環を生むと言う話です。
こういう経験って、誰にでもあるんだと思います。
大きな風船を持っていればいるほど、自信が持て、謙虚になれ、成果を残せます。
それが"成長"を実感すると言うことだと思ってます。
風船が小さいうちは、とにかく何から何まで嫌になるくらいしんどいものです。
先々の光すら見えません。
しかし、この成長の原則は絶対に正しいってのは証明されているわけなので、とにかく日々0.1%ずつ風船を大きくする努力ができる意思を持ち続けることです。
いつも言っているのですが、ウルトラCを狙う必要はありません。
私たちはそれができるような非凡な才能を持ち得ているわけではありません。
自分のできる範囲の努力を凡事徹底でコツコツ続ければ、必ず大きな成長に繋がります。
大切なのは、それをやり続けるすべての意思です。
意思はすべて自分の心に中にあることなので、全ては自らに委ねられているということですね。
これで「自分の周囲に起こることはすべて自分の責任。何を言っても全て言い訳」と言う意味がわかってもらえるでしょうか。
自分の周囲に起こることは、成長と共に事前に想定できたり、回避できたりコントロールできるようになっていくのですが、それでも未経験の事象や障害に常に遭遇します。
だからまた成長があるんです。
だから人生おもしろいんでしょう。
大切なことはこのサイクルを楽しむことなんでしょうね(笑)
投稿者 sdv : 18:45| コメント (0)
« 2011新年あけましておめでとうございます。 |メイン| 心のスイッチ研修 »
2011年1月12日
商いの道徳
かなり以前にもこのネタを書いたが、年を明けてから何度かこの商いの道徳観を無視した、拝金主義と言うか、お金(=売上)全て!みたいな事例に触れた。
いくら表面をきれいな言葉に変えてみても、実態はそうだと感じるこういう事例は、全ての信頼を一瞬で失うだけの力がある。
商いの筋を外し、義を通せず、そして信頼を失う。
そんな姿勢になってしまうこと自体がマネジメントのミスである。
法人同士の取引はもちろんだろうが、個人向けの接客サービス業で、かなり質の悪いこういう姿勢に遭遇するのは、まだまだ自分自身の甘さからだろう(笑)
だが、反面そういう姿勢を強く打ち出せるお金への執着は見習うべきものはある。
道徳観を無視してはいけないが、商いは儲けなければ意味がないので、そういう意味ではそこに強く意識を持つ姿勢は重要だ。
「儲ける」とは「信じる者」または「信じれる者」そして「人を信じる」と書く。
結果的に信頼が無ければ、本当の儲けには繋がらない。
昨今のわが国での商取引では、こういった義を外した、とにかくお金!と言う姿勢が多くなった。
それだけ余裕がないんだろう。
しかし、お金に注力することはもちろん重要だし、その強さは当然見失ってはいけない。
ただ、義を外し、道徳観を無視した商いは、長期視点で結果的にマイナスだ。
今一度、お金に注力すること(儲けること)の重要さと、その手法論及び思想について、自分の筋をハッキリと組織全体に風土として昇華できるよう浸透させていきたい。
投稿者 sdv : 19:30| コメント (0)
« 2010年大晦日 |メイン| 商いの道徳 »
2011年1月 4日
2011新年あけましておめでとうございます。
2011年 新年あけましておめでとうございます!
本年もどうぞご贔屓に!
と言っても、すでに1/4(笑)
もうそろそろ仕事モード全開です。
年始はもちろん箱根駅伝を見るわけだけど、サッポロビールが協賛していることもあって、「大人エレベーター」のCM結構流れてましたね。
リリー・フランキー(46才)って一才年下かよぉ~(笑)なんて思いつつ「年は取りたくないけど、若くはなりたくない。30才までに引いた弓をずっと弾いている感じ」とか、宮迫(39才)の「先輩たちで立ち止まっている人おれへんから、ずっと走り続けないと」、そしてスガシカオ(44才)は「人と会うことが素晴らしい」みたいな会話が流れていて、いやぁ~やっぱどの世界でも一流と言われている人たちの感性ってスゲェなぁ~とかって思ってしまった^^;
やっぱ大人だ!
一方新年早々我が家の息子たちがカラオケで歌う湘南乃風の「黄金魂」
http://www.utamap.com/viewkasi.php?surl=A02686
「一生社会の歯車の一部なんかで終わってたまるか」って部分だけを切り出せば、全くの甘えん坊の歌だと思ったが、歌全体を見てみれば、結構骨太。まだまだ危なっかしいけど、こういう気持ちはいくつになっても大事なことだと思う。
自己保身と言い訳ばかりで、自分は気楽で安全な場所に居ながら評論ばかりのバカなプライド人間って、ほんと最悪。そんな大人が多い社会になってしまっているから、社会の歯車の一部で終わらないって思っちゃうんだろうなぁ~
こんな風に思わせてしまっている、今の腐った社会と大人の方に問題があるな。
若者は若者でいつの時代も意志は持っているんだと思う。
そう思うと、「自由」の意味を履き違えた甘えん坊な若者もたくさんいるが、そうではなく本当の自由がどれだけ不自由で、その本当の自由を勝ち取るために、どれだけ自分に強くならないといけないのかってことをわかっている人間もたくさんいるんだと思う。
私たちの世代の責任として、意思を持って本当の自由を勝ち取ろう(成長と同義かも...)とする若者が活躍できる社会にならないといけないんだろう。
2011年は、そんなことを考えながら、「責任」を現場感の中で強く強く意識してみる。
まだまだできてないことだらけだけど、私は私。人生は一度、可能性とチャンスは無限。
社会のくだらない大人たちに惑わせられないよう、信念を貫き通す一年にしたい。
投稿者 sdv : 10:53| コメント (0)
« 市場を変えるっていうこと |メイン| 現場力 »
2010年12月25日
あきらめない!
アジアやドイツを初め、世界には絶好調な国々がたくさんある。
しかしわが国の内側だけを見ていると、悲壮感ばかり...
中小の経営者は諦め、逃げ切りと自分を守るのに精一杯。
わが国の中小企業で法人税を払わなくて良い、いわゆる欠損金を持った会社の数が70%を超えていると言う記事には笑えた^^;
もう実際には格差だらけで、"最小不幸社会"なんて言った現政権のバカさ加減は、もはや救いようもない。
一人当たりGDPは確実にマイナス傾向。
こんな国に居ながら、私たちはどう振舞うべきなのか?
まずは「あきらめない!」
こんな時代だからこそ、顔を上げて笑顔で前向きに!
この国のバカさ加減の責にしていても、何も変わらない。
このタイミングの日本に生まれたことも自責である。
その上でどういう舵取りをするのか?
まずは徹底した強みの醸成。選択と集中!
そして、日本と言う枠組みに捉われないこと。
しかし「中国に出なければならない。そうしなければ生きていけない」なんて中小製造業的発想ではダメ。
「これだけ強いものがあるんだから、絶対に海外でも展開できる!相手が欲しがるから出て行ってやろうか」くらいの方が良い(笑)
まぁ今の当社はまだまだそんな強さは持ってないけど...^^;
でも、あきらめない!
って言うか、諦めるとか、諦めないとかって言うレベルの話でもない。
そもそも諦めるなんて選択肢はなくって、仕事=人生なんだから、諦めた時点で人生終わり。
人より能力低いなら、せめて覚悟では負けてはいけない。
その覚悟からくる自信ほど絶対的なものはない。
人生かけてんだから、なんだってできるね。
なので、肩の力を抜いて笑顔でフツーに「あきらめない!」
投稿者 sdv : 10:51| コメント (0)
« 出会い |メイン| イチョウ並木 »
2010年12月 3日
広島

はるか、29年前に広島に住んでいた(笑)
その後も何度かは広島を訪れているが、いつも時間も無く...
今回の広島訪問では、偶然原爆ドーム横~本通りを歩く機会があった。
29年前と違って、東アジアも騒がしいし、自分の感性も変化している。
現代の見せかけの平和と、これからの40年をイメージしつつ、いろいろと感慨深い気分になった。
投稿者 sdv : 00:52| コメント (0)
« リーダーたる所以 |メイン| 行動の原点 »
2010年11月 7日
SNS考
モバゲーのDeNAの決算が凄いことになっている。
今年度第1Qの営業利益が119億円!
このまま行くと今年度は500億円を超えるんじゃないかなぁ~
Greeも今年度200億円前後の営業利益になりそう...
比較対象をどうするかって話もあるんだけど、例えばスバル車の富士重工は2010/3期で年間営業利益273億円。
食肉トップでプロ野球球団も保有する日本ハムで248億円。
宇宙開発や航空機の生産、プラントなどの三菱重工業で656億円なので、モバゲーは三菱重工業にも追いつくかいう事業成績(笑)
何で儲かっているかと言えば、要はこのところTVCFも盛んなゲームアプリでのアイテム課金が大きい。
この部分は、SNSで先行していたmixiとの違いで明らか。
会員数は変わらないのに、mixiの2010年3月期年間営業利益は、モバゲー・Greeに遠く及ばない27億円だ。
mixiはアイテム課金のような、会員から課金させるモデルが充実してないことが要因だ。
SNSユーザーである私の意見である。
最近の怪盗ロワイヤルに代表される、SNSオリジナルゲーム内での課金向上策はかなりエゲツナイ^^;
取り合えず2週間でいいので、イベの無い穏やかな日常を過ごしたい(笑)
法人名義の私の携帯では課金ができないので、当然ゲーム内で弱いから余計に静かにミッションをクリアさせて欲しいなぁ~とか思う^^;
課金できる個人携帯では、どう見ても通話料にて支払える課金への誘導のハードルが低すぎて、「そりゃみんな課金するわなぁ~」ってな状態。
mixiの10代比率14%に対して、モバゲー28%と言う若年層比率が高いのも気になる。
EMA認定なので、フィルタリングにはかからないため、私もコミュニティ上でよく高校生だろうなぁ~と思う(今日から中間テスト!みたいなコメで^^;)仲間と会話をするが「課金が親にバレたので、ひとまず退会」みたいな話を時々目にする。
そりゃ、通話料と一緒に引き落としなので、親が払ってるんだから...(笑)
もちろん圧倒的に課金しているのは分別のつく成人なんだろうけど、その集大成としての利益がこの数字かと思うと、ネットの世界で1995年当時から生きている私でもなんか違和感を感じてしまう。
企業努力なので、成功していることをとやかく言う気もないし、価値を提供しているからこその利益なので、このことは社会に貢献しているとは考えている。
また、日本発のSNSゲームアプリの市場をグローバルに展開して欲しいとも思う。
だけど...だけどである。
この姿が本当に新たな時代のネットコミュニティの姿と言えるだろうか?
まぁ嫌なら辞めればいいやん!って言う話なんだけど...
今の状態で、このビジネスモデルが長く続くのだろうか?
特に若年層と思われる会員が、リアルでは顔を合わせることも無いネットの世界でのみ道徳の無いような行動を普通にしてしまう姿も、こういった対戦系のゲームではよく目にすることも気がかりだ。
そろそろSNS各社も、携帯キャリアも、推奨する携帯販売店も、皆がケータイ上で展開されるコミュニティとそれにまつわる事業において、社会での「道徳と正義」について考える時期だと思う。
投稿者 sdv : 11:14| コメント (0)
« それを考えないといけない。 |メイン| 今までの5年...そしてこれからの5年 »
2010年9月28日
リーダー
生まれついてリーダーになるべくしてなった人間は少ない。
少なからずの資質を持っている人はいるだろうが、資質程度で真の優れたリーダーになれるほど甘くは無い。
多くの優れたリーダーは、後天的にそうなろうと思って(又はならざるを得ない状況に追い込まれて)努力を積み重ねた本物ばかりだ。
なので真の優れたリーダーになるための姿勢が重要で、それは...
・常に前向きに本気で物事に正面から対峙する意欲
・その意欲を継続させられる強いモチベーションの源泉
・絶対に言い訳やごまかし、隠し事をしない強い姿勢
・「私」ではなく、「公」や「他」の方を重視する思想
であると考えている。
自分の力よりチーム力を重んじ、自己の欲求よりも組織(チーム)の利益を優先する。
そりゃ、誰だってわが身がかわいいし、傷つきたくもないし、認められたいと思っている。
しかしそんな自己尊厳の欲求(マズローの欲求定義第4段階)よりも全体を優先するのである。
これらを強く強く精神の揺れも少なく推し進めるために重要なのが、それをやり続けるための動機である。
この動機が一生を賭けてやり遂げる社会における存在意義(社会の中での使命)であり、これを貫き続ける姿を生き様と呼べるんだと思う。
(ここはリーダーであろうが無かろうが同じこと)
子曰( し い)はく、「吾(われ)、十有五(じゅうゆう ご)にして学(がく)に志(こころざ)す。三十(さん じゅう)にして立(た )つ。四十(しじゅう)にして惑(まど)はず。五十(ごじゅう)にして天命(てんめい)を知(し )る。六十(ろくじゅう )にして耳順(みみしたが )ふ。七十(しちじゅう )にして心(こころ )の欲(ほっ)する所(ところ )に従(したが )へども、矩(のり)を踰(こ )えず」と。
独り立ちできる30才、不惑(心の迷いがなくなる)の40才、天が与えた人生の使命を知る50才。
もうすぐ47才になる私は、リーダーとして心の迷いをなくし、天が与えた使命を知り、その生き様を貫けているだろうか?
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« お金の話 |メイン| リーダー »
2010年9月26日
それを考えないといけない。
尖閣諸島の一件である。
1960年代後半にガス田が見つかったら急に中国は領有権を主張し始め、その後は延々とこの状況。
衝突事件における中国船長を処分保留のまま釈放したことには驚いた。
わが国は司法までもが外圧で動くのか!?と天声人語。
中国政府によるレアアースの輸出禁止、日本への渡航抑制、日本製品の不買呼びかけ...
民主党政権のバカさ加減と危機意識の希薄さには慣れてきたので、そこには一切期待してないが、私たち一人ひとりの力ではどうにもこうにもならない悔しさ。
しかし考えてみたら世界は、こんな悔しさと憤りに満ち満ちている。
殺戮と裏切りと主張と理不尽と悲しみだらけだ。
今までの日本人がどれだけ平和だったか、どれだけ優しい気持ちでいられたかってことであって、本当のグローバリズムとはこんな理不尽に晒されることだろう。
そんなご時勢なのに、わが国の国民と来たら仕事上の簡単なプレッシャーにすら耐えられず、どんどん内向的になっていく。
内需だけでは限界がある。
1億2,700万人が飯を食っていくためには、世界に市場を求めるしかない。
そんな中で中国だけではないグローバルスタンダードな理不尽にどうやって対峙していくのか?
それを考えないといけない。
"中国むかつく!!"なんて、当たり前のことを言ってても何も始まらない。
ヤツらはそれが普通なんだから。
隙を見せれば、手段を選ばず徹底的に相手をぶっ潰すような連中に日本人の甘ったれた常識が通用するはずが無い。
かと言って、日本人が今から自分たちの武士道にも通ずるアイデンティティを捨てて、人間の本質論として低レベルな素養しか持たない連中が大きな顔をするくだらないグローバリズムに精神まで同化させる必要は全く無い。
ではどう振舞うのか?
世界には自国のアイデンティティを貫きつつ、世界から尊敬を受け、規模や強さやお金以外の人間の本質論としての価値を重視する先進事例はたくさんある。
自己実現の高い欲求を満たすような別の価値を見出すことで戦う土俵を変えるべきだろう。
くだらない価値観と同じレベルでギャーギャーやっても始まらない。
90年後には人口が5,000万人を割り込み超高齢化社会に突入するわが国は、どこかで必ず変わらなければならず且つ成熟する必要があるわけで、そのタイミングを与えてもらっているんだ!くらいにポジティブに捉えるべきだ。
投稿者 sdv : 09:26| コメント (0)
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2010年9月16日
お金の話
お金はとっても重要です。
自分たちの働きや付加価値に対する成果でもあるし、現代社会では幸せな生活を送るための一つの大切なツールでもあります。
でも、お金に振り回されてる人も良く見かけます。
本来は幸せな生活を送るためのツールであるはずが、振り回されて且つ周囲の信頼も無くし、不幸な人生になってしまうというケース、多いですよね。
では、そうならないためにどうすりゃいいの??
幸福感を見直すことも重要でしょうし、お金というツールへの客観的でドライなアプローチも必要でしょう。
私の場合は個人としてお金に対する感性を変えれた考え方があります。
「お金は後からついてくる」って、当たり前だけどなかなか信用できない考え方です。
目先の小金に捉われて、信用を無くしたり、無駄な時間を費やしたり、後ろめたい気持ちになったり、堂々とした人生を送れなかったり...
そんな状況では、お金は後からついてきてくれません。
正々堂々、決められたことはきちんとやって、払うお金はきちんと払って、誤魔化さず、ひたすらポジティブな行動を取り利他の精神を貫くことで信用を獲得し、ひたすら自己実現の欲求を満たすために成長を続ける努力を真摯に行う。
それでお金がついてこなくても、「まだ努力が足りない、まだ成長が足りない」と常に自責で徹底し続ける。
本当にこれができた人には、今の日本では100%お金はついてきます。キッパリ!
と同時に、お金以上に大切なものをその時手にすることができ、おまけにお金に捉われる儚い人生ともオサラバできます。
これ、イイっしょ!!
投稿者 sdv : 14:13| コメント (0)
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2010年8月11日
深刻な格差と国と言う部分社会の崩壊
先日の日経記事には少なからず驚きを隠せない。
【若者世代 しぼむ受益 税金・年金・・・生涯収支試算】
人が一生の間に政府に支払う税金などと、年金などで受け取る受益はどのくらいか。
現行制度が続くと仮定すると、現在20歳未満の人の生涯収支は8,000万円超の
「支払い超過」で、逆に60歳以上は生涯で4,000万円の「受け取り超過」
40歳代以下から徐々に支払い超過となり、20歳代で1,100万円の支払い超過となるそうだ。
要は政府のバカ政策のお陰で、負担増を先送りして超高齢化社会への準備を怠り、将来世代にそのツケを先送りしているだけのこと。
しっかし、生まれてきた時代が不幸だったという意味では、皆そうなんだろうけど、こりゃヒドイ。
この国のこの世代間格差は恐ろしい結末を迎えそうな予感がする。
また、皆加入であるはずの国民年金の保険料納付率が60%と過去最低となったと言う記事もあった。
年金制度への不信感もあるだろうが、根本的には若者世代が将来への不安と現在の収支の悪さから支払わないというケースが多いだろう。
そりゃ、生涯に8,000万円もマイナス収支で山ほどいるジイサンバアサン世代食わせようとは誰も思わんし、そもそも今の自分の経済状況がそんなことやってる状況ではないってことだと思う。
社会の根幹であり器でもある社会保障が崩壊すると、安心安全な社会などと言う言葉はもはや戯言だろう。
この世代の狭間にいる私たちの世代がこれからどうするのか?
ここにかかっていると思う。
投稿者 sdv : 06:41| コメント (0)
« 男の顔 |メイン| 東京事務所移転 »
2010年7月22日
ホンモノ
ハッキリ言って評論家が大嫌いだ。
戦う土俵の上に立たずに、周囲からああだこうだとまくし立てる連中。
自分は安全な場所にいながら、論ずるだけなら何のリアリティもない。
TVでもおなじみのコメンテーターとして評論家やジャーナリストがしょっちゅう吠えているが、ショー化されエンタメとしての評論家タレントのくだらなさは、ほんとに吐き気がする。
さっき○○総研のたぶん週報のようなレポートってのが手元に届いた。
"働きがいのある会社"ってタイトル。
従業員満足度をあげると、顧客満足度があがる...みたいな例の論調。
パート社員比率が高いと働きがいのある会社にはなりづらいだとか、リーダーシップのためには「真のコミュニケーション力が大切」だとか...
全くもってくだらない!!
こういうことを、さも自分がやっていることのように論じれる感性が理解できない。
恥ずかしくないのかと思う。
だいたい「真のコミュニケーション力」ってなんだ??
テクニック論ではなく本質的なコミュニケーション力...だそうな。
適当な言葉遊びで全くリアリティがない。
会社でも同じだが、リアリティがなく上っ面だけの浅い連中には、どれだけ高度な手法で仕事をしても、どれだけ多様な情報を知っていても、いくら偉そうに論じられても、何も響かないし、何も残らない。
全ては現場感から発せられるリアリティ。
唯一の目的に向けて、真摯にストレートにベタに考え抜いて初めてリアリティが語れる。
それだけがホンモノと呼ぶことができるものだ。
投稿者 sdv : 17:39| コメント (0)
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2010年7月20日
男の顔
男女は関係ないと言いながら、すいません今回は逸話もあるので"男"としています。
まず、結論から。
「男は自分の顔に責任を持たなければならない」
って話。
永く生きてくると、その人の人となりが必ず顔に現れる。
刻まれたシワの一本一本が、眼光が、口の動きが、すべてがその人を表現している。
顔は間違いなく歳を重ねることで変化するが、それはその人の生き様そのもの。
だから、男は40歳にもなれば、自分の顔に責任をもたなければならない!と、昔から言われている。
20代は、これはまだまだ生まれついての顔が強く残っているので、どうこうできる話でもない。
ただ自分の人相やクセを理解して、なりたい自分となりたい顔をイメージしてみることは大切だ。
30代にもなれば、そろそろ浮ついた人間はそういう顔になるし、上っ面だけの人間はいくら難しい顔をしても内面の甘さは微妙に表情に現れる。
いくら吠えていても自信のない人間は必ず弱弱しく見えるし、物静かでも確固たる意志を持っている人間は、奥深い力強さが垣間見えるもの。
そして40代...
戦国時代のある武将が、自分の部下となる武士を登用する際、周囲が推薦する優秀(だと言われている)な人材を抜擢するという話があった。
聡明で人当たりも良いこの人材を周囲は強く推薦したが、初めて顔を合わせた武将は一言「登用はしない!」とロクに話もせずに決め付けた。
周囲の取り巻きは動揺し「何故!」と武将に問いかけたが、その答えは「顔に陰が見える」というもの。
更に「私の見立てはもしかしたら間違っているかも知れないが、私が陰があると感じ評価したことは事実。そのように他人に見られていること自体も自責の範囲で男は自分の顔に責任を持たなければならない!」と答えた。
これには周囲の部下もしぶしぶ従ったが、後に登用されなかった武士は己のプライドから登用されなかった事を他責にし、ロクに努力もせずに言い訳ばかり。ついには優秀さを証明しようと謀反を起こすも誰も真剣に後について込ず極刑となっている。
この時、登用されていたらこの武士の人生は変わったものになっているかも知れないが、それにしてもこの程度のことでプライドが傷つき、言い訳に終始する程度の人材なら将来は知れていただろう。
武将は、顔に見える影にこの男の本質的な弱さを見抜いていたのだろう。
さて、自分も40歳を大きく通り越し、あと4年で50歳^^;
信頼されるべき顔になっているだろうか?
事を成せる男の顔になっているだろうか?
全ては自責の範囲、男の顔は自分の内面を映す鏡だ。
投稿者 sdv : 13:33| コメント (0)
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2010年7月18日
この国のこと
先日TVで紹介されていた"帰って来た蛍"と言う舞台を観た。
第二次世界大戦終盤の1945年。
鹿児島は知覧から沖縄へ飛び立った特攻隊。
死にいく若者を誠心誠意支えた富屋食堂の"特攻の母"鳥濱トメさんと若者たちとの交流を描く。
死ぬことは誰でも怖い。
実際には色々な感性があって当たり前だが、それでも最後には「この国のため、愛する人のため」にわが命を捧げることで守ろうとした純朴な人間主義のナショナリズム。
自由のない不自由な時代。
戦争と言う狂気の中で、人間の絆と愛を貫き通した話。
北極圏にあるスヴァールバル諸島は、ノルウェー領ではあるが、多くのスヴァールバル条約加盟国の国民が自由に移住、経済活動を行えるフリーゾーン。
国を失った東欧の国々の住民や、アジアの人たちなどが人の絆を大切にしながら住んでいる。
国家とは何か?
ナショナリズムとは何か?
を考えさせられた。
グローバリズムも、地球市民と言う概念も、それはそれで大切だ。
しかし、現在の地球社会は国家組織が一つの単位社会として組成されている。
では、私たちの日本はどうだ?
どれだけの人が、この国を守ろうと考えているだろうか?
どれだけの人が、わずか65年前まで数度の戦争で数百万人が国家のために死んでいった事実を受け入れられるだろうか?
またその犠牲の上に、これだけ安定した国家があることを理解しているだろうか?
国を守るため、愛する人を守るために特攻で死にいったのは、現代の高校生~大学生の世代。
現代...個人的に愛する人たちを守る直接的な行為はもちろん尊い。
だが、私たちの世代は、大所高所から俯瞰して、間違ったナショナリズムではなく、より人間の絆を重視してこの国を守るための行動を真剣に貫くことが、結果的に愛する人、大切に想う人を守れるということを理解していなければダメだ。
そして次の世代に、何かを守るために、今の社会では何が尊いかを伝え、この国を守り続ける意志を伝えていく必要がある。
投稿者 sdv : 13:33| コメント (0)
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2010年7月 5日
疑人不用 用人不疑
サムソンの教えである。
“疑うなら用いない!用いた人は疑わない!”
疑われないように配慮することは社会人、会社人として絶対に意識すべきこと。偽者がまかり通れる時代ではない。
かけらでもくだらないプライドや勝ち気やこだわりが頭をもたげたり、何かを隠そうとしたり、原理原則に反したことを行ったりすると、必ず疑われてしまう。
反面、経営者は疑わせないようにするための配慮が必要で、常にオープンに、透明にし続ける努力が大切だ。
甘ったれた仲良しクラブ的経営で何かを成せるほど世の中は甘くない!
一生を賭けて成すべきこと。徹底して疑わせず且つ言い訳のできないプロの環境を創っていく。
投稿者 sdv : 11:18| コメント (0)
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2010年7月 2日
このブログ...って言うか日記、今秋で5年!
これブログとは呼べなくて、日記ですね(笑)
トラックバック受け付けてないし...
始めたのは、ようやくって感じで2005年の10月
なので、今秋で5年書き続けたことになる。
さて、最初の書き込みのタイトルは「東京」
今読むと、若干ハズい^^;
東京に出張して、これから行くことが多くなりそう!って書いている。
そろそろ勝負できそう!とも書いている。
自身の引き出しと経験が増えた分、リスクと怖さが見えるようになってしまったとも書いている。
あれから5年弱。
すでに東京に事務所を構え、事業会社も立ち上げ、私自身はワンルームマンションも借りている。
5年前「勝負できそう!」と思ってたことなんてとんでもない幻想。
その時に描いていた「勝負」の質なんて、何のリアリティもなかった。
今ようやくリアルな勝負で1勝10敗くらいか(笑)
「リスクと怖さが見えてしまう」なんてこともとんでもない。
この時見えていたリスクなんて、子ども騙しの上っ面な話もいいところ。
本当の怖さは、こんなところには書けないレベルの深いものだ。
でも、漠然とした怖さや、根拠とリアリティの無い自信を持ちながら「勝負できそう!」と感じた5年前の自分は褒めてやろう。
その思わなければ、最初の一歩は踏み出せない。
また、途中で失敗や挫折を繰り返しながらも前へ進み続けたこの5年間の自分には労いの言葉をかけてやろう。
そこで座り込まなかったからこそ、一つ階段を昇り新しい景色が見えている。
これで今ようやくスタートラインから、3歩ダッシュができた。
5年前は、競技にエントリーしたくらいの話だ。
100m走を私は55歩で走る。
なので、後52歩!
最初は頭を下げて加速し、中盤は力を抜いてバランスを維持しながらトップスピードに乗せ、後半はそれを自然に流れるよう我慢して維持。
これからグングン加速するタイミングだ。
エントリーしてからスタートして3歩踏み出すのに5年かかった。
ゴールまではどれだけの年月が必要だろう。
その時までこのブログ※って言うか日記(笑)は、書き続けていこうと思う。
これも自分の覚悟の表現の一つだ。
投稿者 sdv : 16:39| コメント (0)
« 靭公園 |メイン| 企業消滅 »
2010年6月13日
松下幸之助氏"日に新た"
毎年この時期にパナソニックカーエレ関連の全国会議が開催される。
パナソニック社にとって、大きなフィロソフィーである幸之助氏の心。
PHPから発刊されている関連書籍を毎年戴けるのも楽しみの一つだ。
本年は「創業の心Vol.3 日に新た~変革期の働きがい」を頂戴した。
松下幸之助氏の考え方は、過去から多様な場面で接してきた。
スゴイのは、自分が経営者として一歩ずつ階段を登ったり、社会環境に変化があったり、新たな視点で物事を見るそのタイミングのたびに、そのステップに応じた新たな気づきを得れることだ。
変革期のリーダーとしての心構え(一部抜粋)
(1)大きな目標を掲げる
(2)衆知を集めた全員経営
(3)信頼して任す
(4)周囲に訴えかける
リーダーは多弁にして、常に部下や周囲に訴えかけなければならない。
(5)変わり続ける勇気を持つ
自分自身を大きく変える勇気を持たなければ、変革など望むべくもない。
(6)小さな変化にも目を凝らす
(7)感謝して、徹底して反省する
(8)自己観照を常に行う
自分自身を正しく評価していれば、誤った道には進まない。
(9)「日に新た」な心を持つ
昨日の最善は今日の最善ではない。
日に新たなものの見方、取り組みを心がけたい。
その他にも、すべて読み終えて久々に新たな気づきを得たと共に、自身の感性を磨けていなかったことに反省。
実はここ最近、自分の慢心や成長の鈍化を戒めなければと気づかされることも多い。
そこそこなレベルなのに、事業がちょっとうまくいってるってこと程度で、慢心しててどうする。
それはカッコわるすぎるだろ(笑)
まだまだできることはある。
まだまだやれることもある。
男は一生一つの事を成せばよい。
しかし、その一つの事すら中途半端だ。
より高みへ!日に新た!
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« 嫌われること |メイン| 嫌いなものは嫌いだ!(笑) »
2010年5月16日
「竜馬が行く」
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」をやっているからではないが...イヤ、少なからず影響も受けているか(笑)
司馬遼太郎の「竜馬が行く」を読んでいる。
元々明治維新前後の歴史には大変興味があったが、改めて大作を読み進めてみると、新たな気づきが多い。
と言うか、独特な視点で書かれているので、さすが!と思わせる。
我が国が「トルコ以東において西洋人に侵略されなかった唯一の国」となれたことは、武士道やそれに根付いた独特の死生観を持ちながら、極めて優秀な若者を多くこの時期に排出できたことが大きいが、それよりも欧米の都合や「手のひらの上で無邪気に踊っていた」ことの方が断然事実だろう。
トーマス・グラバーが今も現存する「ジャーディン・マセソン商会」の日本総代理店であることは誰もが知るところ。
その発祥は「東インド会社」なわけで、中国に向けたアヘン貿易の張本人。
要は、植民地化してしまってから労働力を確保し、貿易によって内需!?を拡大させ、自国に繁栄をもたらすってこと。
たまたま日本は偏狭の島国で、おまけに独特の死生観と日本刀を持つ武士の国。
欧米列強としては、自国状況も含め、戦って植民地化するよりも不平等な貿易によって利益だけを得る方が余程キレイだし、少なからずの犠牲を出すこともない。
そう考えれば、武器商人であるグラバーとそのエージェントであった竜馬の活動の本質が見えてくる。
ただ、当時の一般的視点としてどうだったか?
攘夷論者が大勢であることは理解できても、竜馬の思想は...
今現在の保守的な我が国の思想として改めて客観的に見ても...
現代社会に焼き直してみれば、欧米列強の富に対する欲の深さ、金融についての歴史と奥の深さなどを改めて感じつつ、どんどん後退して行く我が国政府のアホさと軽薄さを鑑みれば、グローバリズムの中から新たなムーブメントが我が国の維新を後押しするように感じる。
それを実現させようと欧米資本を身にまとったベンチャー経営者が、ここまでの段階で竜馬になり得ていないのは、時代のタイミングであろう。
竜馬の「時が来れば自分には出番がある。それまで準備をきっちりとやる」と言うとおり、もう少し先にその時代が訪れそうだ。
もちろん現代の竜馬は、明治維新とは全く違った手法でそれに向かう。
投稿者 sdv : 12:28| コメント (0)
« 普天間 |メイン| 「竜馬が行く」 »
2010年5月 6日
嫌われること
たぶん、うちの会社で私の嫌われ度が上ることと、会社の業績が上ることは比例していると思っている。
誰だって嫌われたくないんだろうけど、もはやそんな小さな利己やマズローの欲求段階の低い欲よりも、大切なことを理解できている...つもり.......だけど、まだ覚悟が足りないか(笑)
"孤高"なんてカッコいいもんじゃなく、普通な感覚として孤独で結構。嫌われ者で結構。
中途半端が一番アカン!
先週、当社と小さなお取引をしている会社の社長さんが自殺され、生命保険でもまかなえない大きな負債を抱えて会社も倒産したって話を聞いた。
大阪市大正区のめがね橋から飛び降りたそうだ。
その経緯がリアルで、少なからず震えた。
たぶん人のいい社長さんだったんだろうなぁ~(私は直接その社長さんを知らないが、創業の経緯は知ってるので、いい人だったんだろうと推測できる)
いい人のまま死んでいけたんだから、人間としては幸せなのかも...
明日は我が身だが、嫌われている分私の方がズブといか(笑)
人間としては不幸なんだろうけど、それもまた良い。
投稿者 sdv : 09:45| コメント (0)
« かつお大漁^o^v |メイン| 嫌われること »
2010年5月 3日
普天間
ブログってのは、結構勝手なことも書けてしまうので、まぁご批判と言うか、アホ呼ばわりされるのを承知で(笑)
沖縄普天間米軍基地の移設先が大きな問題となっている。
鳩山首相の5月までにケリをつけるってのが全く根拠も無かったようで、もうこの国の政権には...わざと、どーしようもない政府を演じて、クーデターを起こすか、国力を失わそうとしているような気さえしてきた(笑)
徳之島とか辺野古とか...結局そうなん??って感じ。
かなり前にもこのブログで書いたけど、そもそも日米安保をどうするかってことから考えてないと、この問題は簡単には収束しない。
小手先で何とかなるわけがない。
戦後65年をどう見るかって問題である。
ってことで、私の意見。
「ぜひ大阪湾(関空)に移設してもらいたい!」
軍事力は社会を守るためには重要なもの。
関西や大阪が力を持つために、米国の力を借りるのはアリだろう。
おまけに、これによる経済・雇用に関する効果は莫大だ。
南大阪地区の地盤沈下に、相当な良い成果を生み出すはず。
ちょっとウルサイけど、まぁ大阪人はウルサイのに慣れてるからいいやん。
日本国中で、大阪くらい米軍基地がフィットする人種はない(笑)
大阪の中でも、絶対にディープな南大阪だろう。
陸上に居住施設もできるし、この上で岸和田ベイにカジノ、泉大津ベイに本格サーキット場!
関空を軸にグローバル化するためにも、外国人が増えて、南大阪における英語教育を進めるのも良い。
キレイ事ばかり言ってても、何も始まらないんだから。
基地・カジノ・サーキット(モータースポーツ)...こんな環境の中でもしっかりとモラルを維持できるのが日本人。
パチンコや、競艇、競輪なんかが当たり前に存在し、コンビニに成人向け雑誌を平気で陳列している国なんだから、モラルとか子どもの安心安全とかって今更って話。
これ、絶対に実現して欲しいなぁ~
立地の問題があるから、そんなに簡単ではないことは承知の上で、ゴチャゴチャやってたら、ほんとに北マリアナ諸島テニヤンに移設されちゃうよ(困)
投稿者 sdv : 07:06| コメント (0)
« 新卒採用 |メイン| かつお大漁^o^v »
2010年4月25日
本当の平成維新
民主党と言うか、政府の政権運営もほぼ末期症状。
これだけ、世の中のこと経済のことを知らなかったとは驚きだ。
若い民主党議員の中には問題意識も高く、課題解決能力を持った人間もいるんだろうけど、それを活かせぬのもこの政権政党の力の無さ。
国際的に、一般的なエコノミストの意見として、現在の日本の力は認めるものの、長期では高齢化、人口減など内需の縮小から"買い"ではない。
さらに、ここ最近の論調としては"政治の機能不全"を日本不信の大きな要因と捉えている...らしい。
現代では、人の生き死にに至るような野蛮な出来事が起こらないので、政治不信や国力低下と言われてもあまりピンと来ないし、そもそも国民の無気力、娯楽や自由の多さに起因するデカダンス思想などから、悲観的なムーブメントが起こり難い。
しかしそろそろこの国も限界か。
これからの10年程度で、大きなパラダイムシフトが起こるのでは?と思っている。
シンプルに不自由さの中から国民全体の民意が一つの思想を持ち得ることなど現代ではありえない。
なので、明治維新のような解りやすいストーリーにはならないだろう。
しかし、何らかの形で維新は起こる。いや、起こらなければならない。
そのキーワードは、「ネットソーシャルコミュニティ」「e-デモクラシー」「グローバル」「地方分権」ってところか。
進化した民主主義の形が成り立てばおもしろいのだが。
まぁ、真っ先に大阪が独立しそうか...(笑)
それも一つの形だろうと思う^^;
投稿者 sdv : 09:33| コメント (0)
« 新年度に入って |メイン| いろんな出会いは利他の精神で! »
2010年4月16日
"義"を通す!
最近世の中的には、景気が悪くなって営業成績なんかが思わしくなかったり、組織としてミッションを果たすと言うプレッシャーが激しくなっているからか、「節操が無く何でもアリな営業姿勢」が目立つ。
口先ばかりで身勝手で薄っぺらな「win-win」なんて言葉にもアキアキしてくる。
"利他の精神"が希薄になり、本当の信頼感が見えにくい社会。
確かに、数字を残し勝たないといけないことは事実だが、それがイコール短絡的に何でもアリな節操の無い営業姿勢とはならないはずだ。
こういう時代こそ、長期スパンでの視点を有し"義"を通すことが重要である。
義とは、五常(仁・義・礼・智・信)のひとつであり、正しい行いを守ること。人間の欲望を追求する「利」と対立する概念だ。
義を通し続けることは、並大抵のことではない。
通すためには、力が必要だ。
本当に力があるモノだけが、真実の義を通せる。
多様で変化の多い事業の場面でブレることなく"義"を通し続ける。
"義"と"利"は対立する概念とされているが、本物の"利"とは"義"を通した先にしかないものだ。
投稿者 sdv : 10:35| コメント (0)
« 名古屋名物"みそカツ" |メイン| 4/1 »
2010年3月28日
"坂の上の雲"

写真は、旧松山藩主の子孫(久松家)が1922年に建てた「萬翠荘」
先日の四国出張の際、バスの待ち時間が少しあったので、近くにある館までぶらっと坂をのぼって見に行った。ちょうど桜が三分咲きというところで、寒かったがとても天気の良い日。
ここ松山出身の、秋山好古、秋山真之、正岡子規を軸とした小説“坂の上の雲”
多くの経営者が座右の書とする司馬遼太郎の長編小説だが、この第一巻のあとがきにはこうある。
“この長い物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語である。やがて彼らは日露戦争というとほうもない大仕事に無我夢中で首を突っ込んでゆく。最終的には、このつまり百姓国家がもったこっけいなほどに楽天的な連中が、ヨーロッパにおけるもっとも古い大国の一つと対決し、どのように振舞ったかということを書こうと思っている。楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながら歩く。のぼってゆく坂の上の青い天に、もし一だの白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて坂をのぼってゆくであろう”
武士道が残る最後の時代に、武人だちが藩から初めて国家を意識しグローバリズムと帝国主義の恐怖にさらされる中、懸命に一途に選択肢のない不自由さの中で、「人は一生に一つのことを成し得ればええんじゃ」とひたむきに坂の上を目指す物語。
松山の地の青空と明治をイメージさせる風景に、少しだけ気持ちが洗われた。同時に、選択肢が多すぎる自由と言う名の不自由な時代に、坂の上にあるただ一点の白い雲をのみ見続けることの大切さと儚さと滑稽さを少しだけ感じることができた。
投稿者 sdv : 10:57| コメント (0)
« 社会人としての"最初の第一歩" |メイン| ベッキー・クルーエル »
2010年3月21日
ほんとにこの国は大丈夫か??
日本国の借金はすでに900兆円にも上っている。
また、2010年の税収は年間38兆円だが、この借金の利息支払額だけで約10兆円にも上る。
平成2年の税収が49兆円だが、その割りに国家の一般予算は大幅増加。
これだけを見たら普通は相当ヤバイが、国民の貯蓄残高が1,400兆円あるってことが、大きな安心の下支えになっているらしい。
国債のほとんどを国内の金融機関が保有しており、その原資が国民の貯蓄と言う形だ。
1,400兆円と言っているが、国民の借金もあるわけなので、場合によってはもっと小さいと考える方が自然だ。
借金が1,000兆円を超えてくるようだと、そりゃ相当ヤバクないかい...
おまけに、税収が減り続ける中で利払いはドンドン上る。
消費税増税せずに何とかなるのなら良いが、難しいなら何とかして原資を作らないとトンでもないことになる。
その一つ手前の「無駄の排除」や「政治とカネの問題への決着」で、これだけモメてるようじゃあ、こりゃこの国の政治には悲観的になるわなぁ~
最悪の統計では、ここ10年程度で日本国自体のデフォルト(債務不履行)だってありえると考えられてます。
いくら国内金融機関との貸借だと言っても...ねぇ...
財政赤字の対GDP比、米国の81%、G20各国の平均が72%なのに対し、日本は217%
もう、そりゃヤバイっしょ。フツーの感覚では。
最近、食料の国内自給率を高めましょう!ってTV-CM多くないかい??
デフォルトになって、円の価値が急落したら、真っ先に食料輸入が止まるんだろうなぁ~とフツーは思うね。(ジンバブエみたいにそんなに単純ではないだろうけど)
もしかして、そんなことまで想定して食料国内自給率を上げようとしてるんじゃあ...と思うと、そりゃちょっと怖ろしい。
投稿者 sdv : 17:34| コメント (0)
« 情報革命期の生き方 |メイン| Ai Miyazato LPGA Tour 開幕2連勝! »
2010年2月21日
思い切ってやる!チャレンジ!
毎日の生活や仕事の中で、極当たり前だと思っていることだけど、実は止めておいた方がいいことや、とても現実的じゃなくてできないと思い込んでることの中に、実現できることもあるはず。
例えば、アフリカの最貧国で子どもに教育の場を提供するために学校を作る費用は、初期で300万円~で、毎年80万円程度。
その気になって贅沢をやめて切り詰めれば、個人でも実現できるかも知れないレベル。
世界の子どもたちの貧しさを本気で憂うのであれば、やってやれないことではない。
その人の人生に大きな足跡を残すことになるだろう。
世界と言わず、国内においてもやれることはたくさんあるし、もっと足元でもできることはたくさんある。
マザー・テレサは、世界平和のためにできることは「帰って家族を大切にすること」と答えた。
家族・近隣・組織・会社・地域・日本など、まず自分たちができることはたくさんある。
"当たり前"を一度精査してみることと、"不可能"を実現させることを考えてみることで、一度きりの人生、大いに違ったものになる。
チャレンジ!!
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2010年2月19日
情報革命期の生き方
何度か書いているが、現代は20世紀終盤に起こり、21世紀を席巻し、22世紀のスタンダードである情報通信時代への変革を押し進める「情報革命」の真っ只中である。
私の興味は、この情報革命期における社会・人間・経済・政治などの在り方について、考察することだ。
書き出せばキリがなく、本一冊になるだろうと思っているので、大原則だけ。
IPをインフラとした情報革命がもたらしたものにより、それまで以上に複雑な時代となった。
なぜなら、情報やコミュニティの量は大幅に増え、それらの伝達スピードは地球規模で格段に早くなり、シェアとオープン化が進み、コミュニケーションはインタラクティブに複雑化しているので、人々の知的欲求は物質欲求と違い限界がないため、ドンドン多様に自律的に進化を続けてしまう。
20世紀までのある程度未来を予想できる程度の難易度とは比較にならない程の複雑さであることは、誰もが認めるところ。
カオス理論では、"複雑な事象は、どれだけがんばっても未来を予測することは不可能。何故ならば、複雑なものを計算するためには初期値が必要だが、100%正確な初期値の計測は不可能であり、そのためどれだけ精緻な数式を持ってしても、答えは必ず違ってしまう。従って複雑な事象における未来(答え)を予想することは不可能"となる。
おまけに現代は、その精緻な数式そのものも、常に変化を求められている。
情報革命時代に起こる事象は、前述のように非常に複雑だ。
なので、この時代の未来を正確に予想することは不可能。
非常に不安定な時代である。
この時代における生き方では、「どうせ未来を予想しても、外れるもんねぇ~」って諦めが必要(笑)
今まで必要と思われていた未来への準備も、常識と思われた予想が不確実になるわけなので、その準備自体が的を外したものになるかも知れない。
じゃあ、未来への不安はどうすればいいの??
不安定な状況がフツーであって、安定していることが危険だと感じるセンスが必要だろう。
過去より、農耕を行ってきた民は安定を望んだ。
だが、情報革命期には、将来への不安定であることの不安を、成長のエンジンと捉え、一度きりの人生、常に退路を断ち続ける生き方をフツーと感じれることが重要だ。
私の実践は、「貯金しない」「生命保険に入らない」「家を買わない」ってことになる(笑)
正直...ちょっとめんどくせぇ...^^;
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2010年2月 9日
真理!
組織を運営する上で、絶対の真理はいくつかある。
ってことを、「坂の上の雲」を読んでて、再認識させられた。
(1)統制無ければ組織は統治できず。統治できないものは組織とは呼ばず。
(2)人柄の良さや優しさでは統制は効かず。会社を潰す社長の大半が遊び人の浪費家ではなく、優しくて人の話をよく聞いて優柔不断な人だ。
(3)プライドや私利は仕事にモチベーションとして必要だが、ある程度の役にはつけても、それ以上の大役は任せられない。
(4)どれだけ偉くても、凡事徹底!権威は必要だが、それは決して理不尽な偉さによるものであってはならない。
(5)トップが判断を迷わないことが筋を通すということ。その判断を正当に保つために人の倍は働き、人の何倍もの情報を収集し、人の何倍もの人と会い、部下の何十倍何百倍もの責任を感じよ。
(6)情報はすべてを決する。報告連絡相談は、上位に立つ者ほど意識しなければならない。
(7)任せる!は、任せられる人材の場合にだけ通用すること。適任ではない人材に任せた時の不幸はすべてを台無しにしてしまう。その任命も含めてトップの責任。
(8)現場を知らずしてマネジメントはできない。しかし、現場偏重でもマネジメントは偏る。すべてはバランスだ。
(9)100%全員が同じ方向を能動的に向いて組織が運営されることはありえない。20%が能動的に必死で同じ方向を向くことで、80%が受動的にその方向へ小さな歩を進めるもの。
(10)危機感は成長のための重要なファクター。同時に足元をしっかりと見つめることを怠ってはならない。しかし、臆病と見られてはいけない。突破すると決めた時の胆力がなければならない。
(11)先天的に組織運営者になりえる素養を持った人なんて極々わずか。そのほとんどが後天的にその素養を努力とセンスによって勝ち取るもの。ここにはウルトラCはなく、日々継続的な努力の積み重ねと負荷以外には成しえない。
(12)何でも言うことを聞く部下、意見を言う部下、主張をする部下、何も言わない部下、多様な人間がいて当たり前。何を見るか?どこを見るか?に筋を通せば上っ面の薄さはすぐに見通せる。表現ではなく本質を見極める。
(13)組織の大儀→目的があり、目標→戦略分析→実行→評価→報酬で運用し、その過程でしっかりと負荷を与え、さらに成長を求め次の目標を与える。このサイクルをプロとしてドライに運用して始めてウェットで緩い精神面での人間関係が成立する。プロとしての厳しくドライな運用なしにウェットな運用をすれば、組織は最後には瓦解する。
(14)組織運営者に適さない人とは、「妬み、嫉妬心の強い人」「見栄、虚栄心の強い人」「拗ねる、感性が幼稚な人」「異性からモテナイ人」「視野の狭さ、客観視できない人」「優柔不断で中途半端な人」これらのいくつかは、組織運営者に必要な適性となることもあるが、それも踏まえたバランスがあることが重要。
(15)最後は、メンタルタフネス!元気!強さ!
できてないことだらけ...反省。
知ってることとできることとは別物ですわ(笑)
まだまだ未熟なんで、ガンバリマス!
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2010年1月29日
無関心...
"愛の反対は、憎しみではなく無関心"
マザー・テレサの言葉は、あまりに有名で、あまりに本質をついている。
昨今の日本に蔓延する「無関心」と言う悪行。
また、無関心であること、関わらないことで、自分だけを守ろうとする保身と利己主義。
そして、無関心が悪行であることに気づかない...いや、気づかないフリ。
誰もが、自分がちょっと関心を持ち、一歩踏み出すことで、人を救えることは身近にたくさんあるのに。
同時に、自分が変われ、ちょっとだけ自分の人生に自信を持てることもたくさんある。
関心を持って、一歩踏み出す勇気が大切だよ。
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2010年1月17日
政治の話...民主党
今までは、国民が選んだ政党なんだから、数ヶ月で抜群の成果を挙げれなくても、国民も我慢して一緒にこの国の再生に取り組まないと...って言ってた。
今もそういう国民の責任としての在り方は同じ考えだ。
だが、小沢幹事長の問題含め、ちょっと民主党の物事の考え方や姿勢は吐き気を感じるくらいの気持ち悪さ。
一言で言えば、昔の自民党そのまま。
東京地検の手法に噛み付き、官僚組織VS国民の代表の民主党なんてバカなことを言う前に、誰にでもわかりやすく毅然と説明すればいいだけ。本当に無実なら。
そんなん当たり前やん。
こういう政治家の押しの強さ、迫力などは、ある面では重要だと思っているが、それもノブリス・オブリュージュ思想の上で展開されるべきもの。
鳩山首相の「検察と戦ってください。小沢幹事長を支持する。」って発言は、もはや終わりやね。
この人のセンスの無さは異常やわ。
って言うか、古い政治家の体質が少々のゼネコンなどとの癒着があり、政治とカネの問題があることなんて、まぁフツーだと思っているんだから、そーいうこともどこかで吐露して、次に進めばいいのに。
過去の過ちを認めないと先には進めない。
何が、「平成維新」だよ、バカにしすぎやね。
維新と言うなら、こんなくだらないことで時間かけててどうする。
参議院選挙に勝つため!なんて言っててどうする。
甘えすぎもいいとこ。
7月の参議院選挙前、又は選挙後に政界は再編されて欲しい。
自民、民主のなど政党の枠を超えて、経験と能力があって、毅然さとシンプルな成長意欲があって、私利ではなく利他の精神でこの国の未来に志を持っている人たちが自浄作用を持って政権を担当して欲しい。
そういう人たちが、現在の政権(古い政治体質)をひっくり返すことこそ、本当の平成維新だろう。
維新なんて二転三転するもんだから、まだまだ先はあるな。この調子なら。
ここは、誰が立ち上がるか楽しみである。
いっそ、クーデターでも起きればいいのにね(笑)
明治維新前の、桜田門外の変みたいに。
国内の俗人的な問題でゴチャゴチャ戦ってる前に、グローバルに国益をかけて戦うこととか、地球市民としてやるべきことが満載なのに、この国この政党の幼稚さは...ったく...
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2010年1月11日
負荷と成長
(1)労働基準監督署と労働基本法
(2)ゆとり教育
(3)叱れない大人
批判を承知で、しかも不整合を承知で言えば、この3つを改善すれば日本の国力は上る。
国力を上げるのは、テクニカルな面はもちろんあるが、まずは国民(政治家や官僚含め)の精神的な要素が強く影響する。
(日清戦争や日露戦争に勝利した日本と、第二次世界大戦に負けた日本を思えば、理解できる面もあるかも)
先進国である富裕層であると言うプライドからか、労働者の権利を強く主張する現法。
昔は土曜日は半ドン勤務(午前中だけで仕事終わり)なんてのもあって、昼からはみんなで昼ごはん食べて遊びに行ったりしたなぁ~
週40時間なんてアホな制約も無かったから、必死で働いた気がする。
私が働き始めた28年前は、まだまだわが国も自分たちの生活も良くできるって言う感情と将来への希望が持てていた。
"自分たちは劣っている"と言う劣等感もあったから(私の場合は、自分は劣っている...だけど)まずはガムシャラにやった。
それに上司も真剣に向き合ってくれたように思う。
当時は事務所内で先輩と掴み合いの喧嘩をしたこともある(笑)
あの頃があったからこそ、今の自分があると思っている。
話は変わるけど、派遣村で2万円もらって多くの入居者が去った話なんて、「笑かす」以外に、何と言えばいいのやら...そんなん当たり前やん。
プライドを捨てて、こだわりを捨てて働く気になれば、なんだかんだと仕事はあるのに、派遣村に入っている時点で甘えている連中がやりそうなことやわ。
制度が甘えさせて弱体化した人間を育んでいる事例の一つ。
教育でも、昔は平気で教師にバンバン殴られた。
今の教師は少しずつ本気な人が多くなっているし、ほんとにがんばっている人も多いと思うけど、それでも制度がおかしい。
学力低下もだけど、勉強するって負荷に接する必要がないってのはかなり問題あり。
家庭でも会社でも叱れない大人が多い。
叱るでも感情的に怒るでも、そんなもんはどっちでもいい。
まずは正面から本気でぶつかる気合があるかどうか。
いろんなことに無関心、無感情すぎる。
いずれにせよ、自分自身と周囲との間をオブラートで包み、自分自身のコアを負荷から守ろうとする人たち。いつも上辺だけ。
負荷にさらされないから、いつまで経っても本当の成長はしない。
何となく上っ面だけは、解った様なことになっているが、それは精神の奥底から発しられているものではなく、オブラートの外でのテクニカルな話。
こんな風潮を作り出してしまっている原因の一つが、上記のような制度や感性にある。
こんなことで、国力が上るわけがない。
本気でその国を、又は自分たちの生活を、将来を良くしようと思って懸命にやっている国に負けるのは必然。
将来のことは自分たちのことなのに、政治や官僚の責任にばかりしていては...
もっと強い負荷を、自分自身をオブラートで包んでいる人間には、徹底してオブラートを破りに行く。
自分自身でそうならないための手法は、常にオープンに自分をさらけ出す努力と素直さだろう。
そして私は、立場としてそういう負荷を与え続ける精神力と、原理原則に反した行動を取らないと言う意識、働き続ける意志の強さが、甘ったれた自分自身への最大の負荷だと思う。
思い返せば、高校生のとき、五木寛之氏の"青年は荒野をめざす"に衝撃を覚え、「行けるところまで行くんだ」と言う、基本思想を身につけた。
「まずやってみる!後でやらずに後悔するくらいなら、やって失敗しての後悔の方がよほどいい」って若い頃はいつも言ってたことを、久々に日経のコラム記事で思い出した。
「全ての退路を断ってオープンで素直に本気でやること」には、強い負荷があるが、成長ももれなくついてくる。
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2010年1月 5日
"井伊直弼" ※年始早々ブログの中身はグダグダですが...何か^^;
幕末、安政の大獄を強権で推し進め、桜田門外の変で享年46才にて殺害される。
井伊家の彦根藩と、殺害した水戸藩が和解したのが、1970年って言うのがちょっと驚く。つい最近やん...
井伊直弼が生きていたら聞いてみたいね、本当は攘夷論者だったのか、開国派だったのか(笑)
結果的に日本の開国を推進したことにはなったけど...
実はどっちでも良かったのかも(笑)自分の誇りと欲の為に、その高い能力を発揮したかっただけで...
案外、歴史の岐路にいた重要な人物の思考って、実はそんなもんだったり...
幼少の頃から青年期の不遇があったから、立場を与えられるとそういう風に考えたのかもですね。
いずれにせよ、良くも悪くもこんな迫力で改革を断行した人って、どんな人間だったろう??
生き死にで政治を動かせていた最後の時代に。
メチャクチャ興味ありますね。
46才って、今の自分と同いやん...スゴ過ぎるわ。
そう思うと圧倒的に覚悟が足りませんわ>自分
※そもそも比べちゃ失礼だけど(笑)
まぁ、時代は違いすぎて生き死にの世界ではないけど、だからこそ甘ったれた勘違いが横行してタチが悪い。
そのタチの悪さは自分にもあるんだから、そりゃ覚悟なんて言える代物ではございません。
井伊直弼の時代なら、生きてる価値さえないくらいの小者やな。
与えられた社会生活が当たり前だと思いすぎて、義務や責任を果たしてもないのに、権利ばかり主張する。
そんな自分が、大した仕事できるわけもないね。
反省なんて言葉も上っ面だけでバカらしい...実際に何をするかだけやん。
2010年って10年区切りのスタートの年に、もう一度自分自身が口先だけじゃなく!
投稿者 sdv : 19:17| コメント (0)
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2009年12月31日
2009年大晦日
今年も大晦日を迎え、無事に乗り切ることが出来、それなりの結果が残せた。
関係するすべての方々に感謝!
とかってキレイ事言ってても、仕事では勝負しないといけないことも多いし、価値観が合わないことや、排除すべきことだってある。
そう思えば、今年1年もまたたいそう恨みを買ったなぁ~ってしみじみ思う。
こうやってしか成り立たたないところは、自身の不徳と過去からのしがらみやらだろうが、少々身を削っても絶対に通さないといけないことはある。
まぁ今の段階の当社での社長の仕事はそういうところかも知れないし、優柔不断で信じる考え方や方針がいつもブレてるような社長で成功している会社なんか見たことがない。
ある面では嫌われ、憎まれ、恨まれ...それでも通すべきことと結果だけにはこだわる。
それが社会の公器としての役割を果たし、会社の目的を達成するために必要なこと。
そりゃ、判断を間違うこともあるし、俗人的な好き嫌いや欲が相手に伝わって悪い関係になることだってある。
そんなの人間なんだから当たり前で、そういうこと全部を受け入れるってことだろう。
でも、そうは言っても身を削ることは、人間なんだからしんどい時もある。
そういう時、いつも信じてついてきてくれている社員や関係する方々には、本当に助けられてきた。
感謝って言うのは、本当にそういう人たちに向けて感じることだ。
また、感じるだけじゃなくて、その感謝をリアルに結果に変えて、有形無形の必要な価値として報いることだ。
この気持ちがお互い様や利他の精神であり、社員には対してはESの根幹だと思う。
大晦日を迎えて今年1年を振り返り、そういう人たちのことを思い浮かべながら、一人ひとりに感謝を具現化するために何を成すことが私の責任かを改めて考えてみる。
こういう時間を多く重ねることが、大切なことだ。
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2009年12月28日
気づけば、今年もあと少し...
2009年も残すところあと3日!
会社は取り合えず明日までだけど、店舗は年中無休なので、当社は全体では変則な休みになる。
私は取り合えず、年末休ませてもらい、1/2に始動しようかなぁ~っと。
年頭所信をじっくりと練るんで、年末休みったって...って話なんですけど^^;
それにしても、今年も激動...いろんなことがあった。ふぅ~って感じ。
結果的には、当社理念や行動指針に合わせて、現時点で可能な一定の成果は出せたとは思うが、まだまだできることはたくさんあるし、課題も山積。
ノンビリしたこと言ってる場合じゃないですね。
世間は厳しいとか言ってるけど、その割には猛烈に働いている人って少なくないか??
高度経済成長の時代を支えた先輩方は、ゴチャゴチャ抜きに猛烈に働いていたと思う。
休みも今より少ないし、労働時間は長いし、守られてないし、パワハラなんて当たり前だったし...
そんな強い負荷の中で仕事を叩き込まれた先輩方が支えたこの日本を、中途半端なゆとりと論理でおとしめてはアカン!
明治維新は、欧米列強に植民地にされる!と言う危機感から、昭和の高度経済成長は欧米のようなもっと豊かな暮らしを!と言う希望から、この国が一体となったことで実現できたことを考えれば、今の時代はどこに御旗を立てればいいのか...
実は、その当時と同じくらい、イヤ見方によってはそれ以上の危機が忍び寄っているのに...本当に我が身に降りかからなければ、行動できないのは世の常か。
徐々に熱しられた湯の中の蛙とおんなじだな。
まずは、自分たちとしてどうすればいいのか?
会社の中でたくさんあるやれることや課題解決を、徹底してやっていく!
お世話になっているたくさんの方々への感謝を忘れずに。
その基本は、明るく元気出して!
悲壮感を漂わせても結果は同じ。どうせなら退路を断った潔さから、笑かすくらいの明るさでいた方がいい。
今年は、そう思えるところまでは来たし、会社も基盤がある程度整備されてきた。
来年からはリアリティのある行動を起していく時期。
変なテンションじゃなく、静かに深いところから「やるだけです!」
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2009年12月23日
続々JAL
JAL問題についてのブログは何度か書いているが、今回はユーザー視点で。
私がいつもJAL派なので、最近気が付くことがある。
それは、明らかに顧客サービスが低下していること。
どこにコストをかけるのか?の戦略が薄い。
事業継続上、絶対に落としてはいけないのが顧客サービスであることは、航空業界の鉄則だろうと思っていたが...
これでは、空中戦で強引に再建目途が立ったとしても、実態的な顧客離れが足元を崩していくことになる。
まず、年明けからの機内新聞サービスの廃止...これは打撃大きいだろうなぁ~
確かに、年間数億円に上っているだろうと推測はできるが、それより他に削れるところがあるだろう。
JALカードの勧奨が最近やたら目に付くが、事業売却前の顧客数確保に躍起になるより、他に注力することあるだろう。
webチェックインでは、マクドナルドのクーポンが当たるのだが、最近はコーヒー以外お目にしたことが無い※たま~に朝マック^^;
昔はビッグマックが当たってたのになぁ~(笑)
マクドナルドからすると、コーヒーなんてタダでいいもんだし。
CAの振る舞いにも、なんだかなぁ~と思う時があり、そういうのって顧客はちゃんと気づきますよ。
全般的に、ユーザー視点で「やろうとすればできるのに、やってない」ことが多いし、戦略性も見えてこない。
こういうのは、マネジメントの質の低下が原因だろうと思う。
こういう時こそ、顧客と接するJAL社員が「会社は再建に向けての状況で皆さんにもご迷惑をかけているが、私たち一人ひとりが今こそ一丸となってお客様のご満足に真剣に取り組みます!」ってメッセージが見える方がよほどいい。
一度、機長からのアナウンスで、機長がそんな感じの事を言ったのを覚えているが、あれは良かった。
「今こそ基本に立ち返り、すべたはお客様のために!」なんてメッセージを、全員がワッペンなどでつけるなんてのもいい。
事業再建はもちろんドライに待ったなしなんだろうけど、そもそも利用者数が減少するようじゃあ事業の継続性が成り立たない。
私の周囲のJAL派も、ANA派へ切り替えを検討し始めている。
どこのコストを削減し、どこに注力するのか!?
お金をかけずとも、できることはたくさんある。
そういう戦略に基づくバランスが重要なのに、そこが崩れていることに一番危うさを感じる。
投稿者 sdv : 07:09| コメント (0)
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2009年12月18日
超高齢化社会到来
高齢化社会が来るって言うのは、何年も前から言われていること。
さほど実感はない?とか思ってる人もいるかもだけど、スッゴイ実感ありますよ。
現在の日本の老年人口率(65才以上)は、約23%!
10年前は約17%だから、この10年でとてつもなく高齢化が進んだことになる。
ちなみに、現在の老年人口が約8%の中国が、現在の日本の水準に達するのが2050年。
その頃の日本はこりゃもう驚きの約38%!
老人があんまり表に出なかったら、街は廃墟だね、こりゃもう(笑)
だって、2050年の人口が9,000万人を割り込んでるわけだから、その38%だから、64才以下の人口は5,580万人ってことで、現在1億2,700万人として64才以下が9,779万人だから、半分近くになっちゃってるってことだね。
単純に64才以下の人を、今の半分しか見かけないってこと。
当然、そういう人をターゲットにしている消費財市場も半分近くになる。
ってことは、極端に言えば半分の関連する会社やお店はいらないってこと。
おぉ~コワッ^^;
現在の大学生の皆さん、その頃には外出して消費しましょうね(笑)
私は生きてりゃ、86才....もはやくたばってるかぁ~
万が一生きてたら、思いっきりも寄りかからせてね(笑)
国民の生活水準は、生産性(付加価値度)と社会に参加して付加価値を構築できる人の割合が大きく関係している。
社会に参加して付加価値を構築できるってのは、単純に働いている人のこと。
でも、65才以上で働かずに寄りかかるだけの人は確実に増えるわけだから、全体の生活水準(GDPでもいい)を向上維持させるのは、生産性をメチャクチャに上げることのみ。
なんだけど、実際に最近の仕事の現場で、生産性が向上しているなぁ~って感じありますか??
職場では、後退はあれど、前進して生産性がガンガン上っている、いわゆる"躁"な状態なんてあまりお見かけしない。
これじゃあ将来に夢なんて見れるわけないですよねぇ...
なんて言うかなぁ~、なんかこの辺にこの国でこれからまだまだ勝負するためのポイントがありそうな気がするんだけど。
まだ、超高齢化社会やグローバル社会に対し、10年後までのアプローチやイメージを掴みきれてないんだけど、ちょっと何とかなるような気が最近はしている。根拠無いけど...
ほんとお気楽人間^^;>自分
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2009年12月11日
元気出して楽しもう!!
あまりにくだらない組織と人の話があると、なんだかアホらしくもなってきてたが、ここは一歩下がって客観的に落ち着いた対応をしないと。
自分まで同じ土俵で頭に来ててどうする...反省。
負荷とか凄いイヤなことが目前にある時、何とかブレークスルーを見つけようと努力すれば、気持ちの落ち着かせようがあるわけで、その手法は体得済みのはず。
どのみち、会社に関することはすべて自責の事ばかりだから、開き直るしかない。
世界人口68億人の中で、独りの人間の悩みなんて、ちっちゃいちっちゃい(笑)
自信持って、覚悟持って、深い信念持って、落ち着いてやりぬくだけやね。
ちょっと最近の自分は、イケテなかったかも...
元気出して楽しもう!! これ基本やね^o^v
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2009年12月 8日
政治の話2
民主党政権も、徐々に支持率が下がり始め、鳩山総理の決断力、統制力などの弱さが多く指摘されている。
まぁ、確かにちょっとパシッとしてないんで、イメージはそうなっちゃうだろうなぁ。
でも、パフォーマンスで人気を取っては欲しくないので、中身で勝負して欲しいところ。
で、難題山積のようにメディアが報じる昨今だが、あまり答えを急ぎすぎる必要もないように思う。
今この国がやろうとしていることは、長年かけて積もり積もった灰を取っ払い、新たな秩序を作ろうとしているんだろうから、そんなに簡単にいくわけがない。
問題は、その新たな秩序を作る覚悟が本当にあるかどうか。
普天間問題は、日米安保そのものを見直すと本当に言えるか?日本の国防国益について確固たる意識を持てているか?にかかっていると思う。
仕分けや公共工事削減は、では高付加価値型の事業構造にこの国の産業界が転換できるだけの力があるのかどうか?また国の施策としてそれをメリハリを持ってやり切れるのか?同時にその為の人材育成や制度面の充実まで側面から支援できるのか?
内需産業分野だけでも、そういうことを本気で考えているかどうかがポイントだ。
その他、子ども手当てや高校無料化と、扶養控除や高齢者医療費の問題など、表裏の関係も含めて、若い人が希望を持てるためには、子育て世代に該当しない世帯や高所得者層には今までより厳しくなって当然。そんなことも国民を納得させられるか明確な根拠のもとに、信念を持ってやり遂げられるかがポイントだ。
その他、全ての政策には強い覚悟があるはずで、そこにシンプルに根拠を持って立ち向かえるかだけが問題で、与党内連立内に別の意見が吹き出しても、常にブレることのない意識で対峙することが重要だ。
以前にも書いたが、これだけのことをやろうと言うのに、全国民が納得できるわけがない。
当然、人によって損得もある。
それを参議院選挙が近づいているからとか、連立を維持するためとか、そんな退路を断たない姿勢で乗り切れるわけがない。
そんな姿勢であれば、今までと何も変わらないどころか、中途半端にかき回しただけタチが悪い。
次の選挙に勝つか負けるか??
そんなもん、神のみぞ知るであって、そこを狙って行動するのではなく、本質の目的に対してシンプルに動いた結果のみが判断材料と言い切るべきだろう。
負けてもいいじゃないか、人生一回きり、本気に勝負をしてみれば。
平成維新と言うなら、明治維新の志士たちは、そんなくだらない勝ち負けや次の選挙なんてことは考えてなかったはずだし、常に退路(命をも)を断っていたはず。
たぶん強い想いはあるんだろうけど、党内、連立内、野党含めて、相当厳しい道のりが待ち受けている。
それをやりきるだけの、本当に強い覚悟が見えてこないから支持率も下がるのであって、次の選挙なんかを意識した行動を取れば取るだけ、マイナスに働く。
その辺の、人の気持ちが何によって動くのか?人は何を求めているのか?に対して、よりシンプルに政策実行すべきだと感じる。
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2009年12月 5日
怖い上司がいなくなった...
最近の上長年代(主に30才後半世代~50才前半世代)は、その世代の問題もあるとは思うが、怒れる人間が少なくなったなぁ~
高度経済成長終盤のいい時代に育ったからか...
怒れるって言っても、ただ自分の感情だけとか、しょーもないプライドのためとか、怒り方を間違っている人間はそれなりにいるけど、本当に覚悟を持って怒れる人間が少なくなった。
ってことは、単に深く覚悟を持った人間が少ないということ。
それだけ、生きることや働くことに真剣じゃないんだろうな。
勘違いと嫌われたくない上長自身の優しさが、若手の成長を阻んでいることにすら気づかない。
20~25年前頃の上長像は、そりゃもう猛烈でエネルギッシュで、メチャクチャ働いていつも飲んでて、しょっちゅう部下を怒鳴りつけて、それでいて何かある時には本当に優しい。
覚悟なんて自然と身についていた時代だったかも。
そう思えば、不幸な時代だと思う。
意識を持たずにふつーにやっていれば、本質を考えて怒れず覚悟の無い人間にしかなれないんだから。
でも、そんな時代だからこそ自分たちで切り開かないといけないし、覚悟もなく想いも浅い(又は勘違い)優しさなんて、くそったれ!だと強く想う。
もうこの事について私は相当怒っている(笑)
マネジメント手法だ、コーチングだ、論理性だ、傾聴力だ、怒るじゃなくて叱るだ...そんなもん全てよりも、覚悟や強い意思や本当の意味で怒れることの方が何百倍も重要だ。
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2009年11月24日
死生観
いきなりのタイトルだけど、やっぱ考えますよねぇ~この年になってくると。
今朝方、死ぬ直前の状況の自分を考え、発狂しそうになっていると言う夢を見た。
死生観なんてもちろん確立されてなく、無宗教でもあるので、極めて「無」になることが怖くて仕方ない。
小学生の時に始めてその事に気づいた時の怖さを、未だに同じレベルで感じる。
いや、近くなってきたんで、それ以上の怖さか。
DEATH NOTEの夜神 月は、あれだけ人を殺しておきながら、自分が死ぬ寸前には発狂し、生への執着を見せた。
でも、あの気持ちはわかるなぁ~人は殺してないけど...(笑)
いろんなものへの執着が強いので、今すぐ死を宣告されたらああなるだろうね。
死ぬ前に後悔する25のこと?みたいなタイトルの本が売れているみたい。
この前TVでもやってた。
イマイチリアリティに欠けるなぁ...もっと生への執着を強く示すような気もする。
重松清の「その日の前に」みたいなお行儀のいい死に方はできない気がする。
闘病生活が苦しくなると、そんな話でもないのかな。(健康すぎてわからん...)
武士の死生観には、生への執着を恥とする流れがある。
同様に、今生を夢幻と説く無常観も存在した。
実際のところは、誰にもわかるはずも無く、誰にも平等に死は訪れる。
ある種ニヒリズム的にならざるを得ないが、それであれば自分なりの信じる死生観を見出すまでか。
人は皆、そのゴールへ向かう旅をしているわけだが、栄光のゴールだと自分なりに思える生き方、死に方にまで昇華できなきゃ怖すぎるね。
思い込みが強い方だが、死生観については未だ未開拓。
これからは、その事から逃げず、生き切ることに真剣に向かわねば。
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2009年11月23日
プロ企業人
イチローや松井、最近では石川遼などに代表されるスポーツ界のプロフェッショナル。
ジブリの宮崎監督とか、小説家、漫画家、建築家、画家、各種デザイナーなどの世界にもプロがいる。
歌手や芸人なども、もちろんプロだ。
これらのプロは、その分野における個人としての力量が必要で、素養はもちろん重要だが更に成長のための努力を欠かさない。
個人としての腕一つで成功を収め、多額な報酬を得ることができる。
ある意味、紛い物の無い世界。(もちろん、そこに到達する過程では運不運含め、色々とあるだろうが...まぁそれも含めて努力の範囲)
企業人はどうだろうか?
同じように、素養+努力=成功と言う方式はあるが、この成功の評価がなかなかわかりにくかったりする。
なので、紛れ者が出やすい傾向もある。
しかし、それも含めて企業人の努力の範囲。
考えてみれば、各種プロも企業人も、構造は何も変わらない。
本質は同じ、結局は努力し成長して、それを評価され報酬を得る。
人々の心や、社会や、企業に何らかの形で無くてはならない存在になるかどうかだけだ。
"人のためになる生き方"とは、まさしくそういうことだ。
※報酬については、成果が出れば必ず後からついてくるもの。報酬を先に掲げてはいけない。信念を持って行動し心の中で落ち着いてそれを待てばいい。
"儲かる"と言う字は、信じる者と書く。
スポーツであれ、芸術、芸能、文芸、企業、公務員どういう分野であれ、構造は同じ。
社会で働くものは、皆がプロフェッショナルである。
プロとは、他者、社会に価値を提供できるものである。
ここには一切の言い訳も他責もない。
すべては自分の内にあることだ。
投稿者 sdv : 11:08| コメント (0)
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2009年11月19日
政治の話...
民主党政権になってから、なんだかバタバタといろんなことが実施されている。
仕分け作業や、JALタスクフォース、外国人参政権にモラトリアムに子ども手当て...
まぁ、いい悪いはともかくも、変わってきているなぁ~と言う感覚はある。
以前、政権発足時にこのブログで書いたが、今のわが国の危機的状況から脱するための平成維新なわけだから、国民にも我慢や頑張りは必要だ。
どんないい施策にも表裏があって、それがマイナスに働く人もいる。
それでもこの国のためには、通さなければならないこともある。
※昨日だかTVで自民党議員が八ン場ダム問題に絡み、「どんな事業にも利権屋はいるわけで...」みたいなしょーもない発言をし、ダム工事に関して利権が絡む人たちを擁護していたが、全くバカらしい。ああいう政治家を見てると、ほんと自民党は疲弊していたんだなぁ~と思う。
また、当然政権運営は始めての経験なので、間違いや失敗もある。
政治家だから、絶対にミスはないなんてことはなく、人間なんだからすべての社会人と同じようにミスはある。
国民は、それを一定許容し、その上で次へのアクションに向けた動きが検証の上でなされているかのプロセスをしっかりと把握することが重要だ。
政府も、恐れず常に透明にオープン性を保ちつつ、プロセスを見える化して民意を問う姿勢が必要だろう。
※JALタスクフォースのメンバーの所属する企業から、コンサルや士族が100人以上JALの査定に関わり、それらの作業に対する報酬だけで1ヶ月10億円也。この費用を死に体のJALに負担させ、関わる民主党議員は「私たちは交通費5万円相当しか受け取っておらず、コンサルフィーは民間同士の契約なので一切関知しない」と言ったのには、かなり閉口する。
だって、タスクフォースメンバーがお上の権力を盾に自社のコンサルを派遣するのに断れる状況ではないし、それらが不透明に行われたこと自体が問題。
こういうミスはしっかりとミスとして受け止め、公表すべきだろう。
プライオリティを決定する際の根拠を明確にし、その上で誰が何をいつまでに実践し、その評価検証をどう行い、その上で次のアクションをどう規定し実行するのかのサイクルを、常に国民にわかりやすく見える化することで、パートナーシップが生まれる。
いずれにせよ、政府も国民も互いを信じて我慢だろう。
両者が机を挟んで座る対立構造では、国際社会からドンドン取り残される。
政府と国民は、机の同じ側に隣同士で着席しなければならず、向かいには都度世界の各国であったり、地球環境問題であったり、国際的な人権問題や平和への障害、貧困であったりすべきである。
投稿者 sdv : 12:58| コメント (0)
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2009年11月12日
覚悟!
この前も書いたけど、覚悟を持ってやり切れてない自分への戒めを込めてもう一度!
「人に好かれようと思って仕事をするな。むしろ半分の人には嫌われるように積極的に努力しないと良い仕事は出来ない。」by:Jiro Shirasu
今の仕事は直接的に生きるか死ぬか!なんてものではない。
戦国時代の武士や、日清戦争~第二次大戦までの兵士たちは、仕事=生き死にだった。
そう思えば、今の仕事は覚悟が浅くても何となく成り立ってしまうもの。
そういう時代に、どうやって覚悟を深められるか...
どれだけ、個人のプライドや欲などの感情と覚悟とのバランスを取るか...
覚悟の深さは本当の責任感を育む。
「勇猛が自慢の男など、いざというときどれほどの役に立つか疑問である。彼らはおのれの名誉を欲しがり華やかな場所ではとびきりの勇猛ぶりを見せるかも知れないが、他の場所では身を惜しんで逃げるかもしれない。合戦というものはさまざまな場面があり、派手な場面などはほんのわずかである。
勇猛な豪傑ではなく、戦場でほんとうに必要なのはまじめな者である。たとえ非力であっても責任感が強く、退くなと言われれば骨になっても退かぬ者が多ければ多いほど、その組織は強い。合戦を勝ちに導く者は、そういう者たちである」
戦国末期の武将、加藤嘉明の言葉だ。by:"sakano ueno kumo"
この覚悟=責任感の強さを、組織上位者ほど理解し実践する姿が、"ノブレス・オブリュージュ"の本質だとも思う。
・覚悟が浅いから、組織の目的達成よりも個人が好かれることを望み、合理的な判断を狂わせる。
・覚悟が浅いから、責任を本当に全うしようとする精神が弱く、薄っぺらでいい加減な行動を取ってしまう。
・覚悟が浅いから、何でも他責にしてしまい、言い訳を並べたくなる。
本当の覚悟を身につけるためには、強い負荷とそれに耐えられる目的意識とモチベーションが必要で、立場的には自分自身に対してはもちろんのこと、部下に対しても理不尽にでもそれを提供しなければ、最終的にお互い不幸な結果になってしまう。
すべては覚悟の浅はかさから来るもの。
投稿者 sdv : 17:00| コメント (0)
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2009年11月 5日
組織論
よくいろんな会社の課題や状況などを見つつ、自分たちはどうだろうとか、参考にしたりとかって相対的な評価に活用している。
基本的に、会社の課題や状況ってのは、その組織と人材の在り方に起因するケースがほとんど。
反面教師な面もあるが、とても優れた組織マネジメントを見せられると「ムム..う~ん...」と感心しつつも、取り入れられる要素はないかと考える。
組織力とは、簡単に言えば限りあるリソースから収益の最大化を目指すために、一番効率的に機能させるための集団力ってな解釈だと思っている。
小さな組織は、一人ひとりの個の力が重要で、その個の力が1+1=3とか4になるように機能させることが組織力。
1+1=2というプリミティブな形は、個々が機能することで実現するが、これを3や4にするためには、組織力(組織戦略)が必要となるってこと。
組織が大きくなればなるほど、この力が重要だ。
この組織力を強化する大前提が「情報のオープン化」である。
情報が無ければ、根本的に個々が立てる目標の範囲が狭まったり、その為にモチベーションが沸かなかったり...まずは全社員が同じだけの情報を有し「知る権利」を与えることができる環境を作ることが大前提である。
その為には、情報の種類によってICTを活用したり、懇親の場があったり、様々な手法で組織に属するものが知ることができる環境を用意すること。
また、情報の集まる人が積極的に情報開示する努力を怠らないこと。
この情報のオープン化ってことは、何となく組織の規律や指示命令系統、上下関係を重んじることと相反する感じを受けるが、実は全くそんなことはなく、ここは勘違いしてはいけない。
指示命令や組織統制の強さは、情報を一定隠し何となく解り難くして、組織上位者に情報と権限が集約されることで成しえるものではなく、もっとよりボトムアップにてアメーバ型の自律性の中から、個々が一定の納得感を持った上での指示命令でなければ、強さを発揮できない。
この個々の納得性と理解度の高さのために情報をできる限り与えるわけで、これがすなわちモチベーションの源泉にもなるし、個の多様な判断力の強化にも繋がり、自律性が増していく。
それが実現できて初めて1+1=3や4にすることができるってこと。
こうやって、個が強くなってくると、組織上位者のマネジメント能力や強さが問われてくるが、それもボトムアップが強くなることで磨かれるもの。
なので、これでシナジーが生まれるわけだが、組織上位者が下から突き上げられるのがイヤで自分の立場とプライドなんかのために、情報を公開しないなんてのは、最悪である。
だって、会社組織で個を抹殺する一番の方法は情報を与えないこと、知らせないことなので。
旧態依然とした組織論の中で、組織の指示命令系統の維持管理、統制、及び上位者の見せかけの強さのために、歪な上下関係をよく見かける。
上位者も部下も皆が甘えて、くだらない組織ごっこを繰り返す図。
報告連絡相談は、組織の縦関係にきちんと配慮して、一つずつなんて今時バカなことをするより、ICTを活用した情報共有で一気に全員に対してやる方がよほど現実的。
指示命令系統や組織の統制はもちろん重要だが、それを活用する部分とオープンである部分とのバランスが大切ってこと。
昔ながらの組織風土の会社で、1+1=0.5の組織はイヤと言うほど見てきたが、皆共通して悪いバランスを勘違いして実践し続けている。
本質的には、情報武装した強い個が集まり、それをしっかりとマネジメントし、収益の最大化に向かわす組織上位者と部下との本質的な戦いから来る強さが、1+1=3にも4にも5にもすることができる組織論からのアプローチにおける唯一の手法である。
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2009年9月30日
憎まれっ子世にはばかる
子どもの頃、親兄弟に言われた言葉って、案外大人になっても心に残っているもの。
私の場合も、いろんなことを言われたが「憎まれっ子世にはばかる」と言われた覚えがある。
相当"いらん子"だったんだろう(笑)
「あんたは長生きしそう...」の後に必ず「憎まれっ子世にはばかるやから...」と言うニュアンスで。
いつの頃からか、「それならそれで結構。くだらない迎合をするくらいなら正々堂々と憎まれて、世にはばかってやろう!」と思うようになった。
地元の先輩経営者の中には、顔を合わせるたびに「お前のいい噂は聞かないぞ!いい加減にしろよ!」と言う方がいらっしゃる。
IT系ベンチャーの同世代経営者からも「フン...どうせ...」と言われたこともある。
大いに結構。自分の血となり肉となる。
そういうことを言われることも、自分の未熟さゆえ。
筋を通し、義理を重んじることの理解ができる方々と深く良いお付き合いを通すために、また自己の成長のためポジティブな関係を築くために、中には「お付き合いしない」「嫌われる」と言う選択肢も必ず出てくる。
尊敬する故白洲次郎氏は「人に好かれようと思って仕事をするな。むしろ半分の人には嫌われるように積極的に努力しないと良い仕事は出来ない。」と言った。
憎まれっ子...大いに結構ではないか。
投稿者 sdv : 15:01| コメント (0)
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2009年9月21日
三信条
(1)家を買わない
(2)貯金をしない
(3)生命保険に入らない
三信条なんて言えるもんじゃない、ちょっとネタ系だけど、これは本当に大事だと思っている。
まず、将来が見えないから家を買わないではなく、家とか土地があると"それがあることのリスク"をまず考えてしまう。
思い切ったことをする時に、「家があるから」と言うのが理由の一つとなって踏みとどまることになってはあまりにバカらしい。
落ち着いてしまうと、知らず知らずのうちに"守ろう"と言う意識が芽生えて競争力を失うもの。
※これは余談だけど、今現在は2LDKの賃貸に住んでいて、お隣が周囲に相当な土地を有する地主の家。
まぁ、これだけの住宅地に何坪あるんだろう?と思うほどの大豪邸。
お隣だしってことで引っ越してきたときに挨拶に行っても「うちはそういうのはお断りしてます!」ってインターホン越しの冷たい返事。
我が家の前の空きスペースでボール遊びをしている子どものボールが敷地内に飛び込んだけで、怒りの連絡が...しかも不動産業者経由で(笑)
何を守りたいのか、高い塀の上は剣のような侵入防止柵でズラッと取り囲んでいる。
一般的には長者番付に載る様な人なんだろうけど、それって何か意味ある??
守ることに必死で、こんなことばかり考えてる奴が成長するはずもない。
貯金も同じような意味合いかもだけど、まぁ必要最低限は経営者だし要るんだけど、不透明な将来のために積極的に貯金をすると言う意識になってはいけない。
お金は後から必ずついて来るもの。
お金を貯める事が目的ではなく、自分が筋を通した仕事をやり遂げることが目的で、その結果としての報酬がある。
また、お金を貯めてしまうと必ずしんどくなった時に諦めが少なからず生まれやすい。
自分は意志が結構弱いので、徹底して自分自身に言い訳できない環境を作っていく。
最後の生命保険は、皆から「これだけは入った方がいい...」と言われるが、まぁ何とかなるっしょ。
だって、預けたお金がプラスで運用されない限り、どう考えても人口減・マイナス成長時代には成り立たないのでは?と思っているので。
まぁ、そんなに単純じゃあないんだろうけど、これもギリギリで退路を断っていたいことの表現であり、筋の通し方。
笑われるようなことばかりだけど、不透明な将来だからこそやるべきことは自分自身の成長以外にはなく、"それがあることのリスク"の方が、個人的には"持つことの優位と安心"よりも大きいと思っている。
わが国の高度経済成長時代に先輩方が、何もないところからこれだけの復興を遂げたことを思えば、必要最低限のものは持っているし、環境は恵まれている。
これで将来を不安がって蓄えてるようじゃ、弱気すぎるだろう。
素の自分を強くするために、重要なのは今現在だ。
投稿者 sdv : 21:42| コメント (0)
« JAL |メイン| 三信条 »
2009年9月16日
続JAL
今日の朝刊で、大リストラが敢行されるとの記事が。
社員の声。
「国の航空行政の失敗を社員に押し付ける気か!」
「リストラは大前提の安全運航に支障をきたす!」
もうやめておけばって感じ...
主体者意識の無い言い訳のオンパレード。
安全運航に支障をきたしちゃマズイけど、他の海外大手航空会社の1.5倍にもなっている、一運航辺りコストを見ればこのコスト体質が安全運航と無関係なのは明らか。
でも、何か事故が起こったら、また言い訳するんだろうなぁ~
こういう顧客無視の体質がそもそも間違っていることに、全社一丸となって理解できないと復活はないな。
くれぐれも頼むよ!JAL RABBITS(笑)
投稿者 sdv : 09:57| コメント (0)
« にしても... |メイン| 続JAL »
2009年9月15日
JAL
ここ数年のJALの凋落ぶりは目を覆いたくなる。
国交省からも最終通告を突きつけられている状況で、外資航空会社からの支援を受けることになりそう...
もともとは50%国営で作られた会社だが、あまりの構造改革の遅れからもはや死に体。
この責任って誰が取るんでしょうかね。
社長の年収960万円って美談が米国で話題になったけど、5,000万円もらっていいから改革を実行してくれ!と言いたくなる。
構造改革を遅らせ外資の支援を仰ぎ、国力の一部をこういう形でグローバルマーケットにさらすこと自体も、仕掛けられた仕組みのような気すらする。
だって、その気になりさえすれば、改革は絶対に断行できたはず。
ANAがJALに比べて健全なのは、間違いなく改革を実行してきたから。
それすらせずに、こういう結果になった経営責任は相当大きい。
外資の支援を受けること自体に反対ではないし、航空業界のグローバルな連携に入ることは当然だが、その際の「入り方」に問題があると言うこと。
企業年金の削減を断行できず、OBが強く反発している姿なんて、ほんと顧客無視もいいところ。
顧客はそういう姿に細やかに反応していると言うのに。
こういうところに、企業風土の根深い闇の部分が見え、誰もが閉口するのがわからないのかなぁ~
私がJAL派なのは、JAL RABBITS(バスケットWJBLチーム)を少しでも応援する気持ちだけ(笑)
それ以外では、どう見てもANAに軍配が上がる。
JGCプレミアまで今年はあと少しってところだけど、なんだかなぁ...
ここらで筋を通して、OBも含め一丸となり、痛みを伴う構造改革に真剣に取り組んだ上で、外資の支援を仰いで欲しい。
でも、JAL RABBITSの廃部だけはやめておこうね^^;
http://www.jal.co.jp/jalrabbits/
投稿者 sdv : 17:27| コメント (0)
« "40年後も継続し成長し続ける会社を目指す!" |メイン| JAL »
2009年9月 6日
にしても...
選挙も終わって自民党が大敗し、鳩山内閣の組閣が始まろうとしている。
それにしても、惨敗の自民党の皆さんのコメントが、ほんとセンスが無い。
ちょっと酷すぎるねぇ...
こんな人たちが日本を司っていたんだから、そりゃ良くなるわけがないわな。
「あんたたちマスコミとメディアのせいで負けた」と言った長老や「正直、この地区で行われた公共事業はすべて私が持ってきたのに」と言った酔っ払いさん。
極めつけは記者団にムキになる内閣総理大臣。
なんか、もうちょっと言いようもあるだろうに、ほんとセンスが無い。
勝ってる時とか順境の時には何とかなるが、負けてる時、逆境の時にこそその人の地力やセンスや覚悟が問われるもの。
私たち経営者にも同じことが言える。
時代とニーズをきちんと捉えるセンスは言うまでも無いが、負けてる時の身の振る舞いはとても重要だ。
毅然と真摯に他責にしない姿勢が第一。
覚悟があれば素直な心にもなれるが、覚悟が無いから他責にしてしまう。
本人は「いや、覚悟はある!バカなことを言うな!」と言うかも知れないが、他責にするような人間の覚悟なんて、たかが知れてる。
負けてる時に、いろんな想いは去来しても多くを語らず、唇を噛み締めながら地道な努力の元に順境を目指す人間の覚悟の方がよほど強くて尊い。
当社の次の管理職も、今は当然負けることも多いが、負けを知ってるからこそ本当の勝ち方を知れるもの。
日々「なにくそぉ!」と思いながらも、他責にすることなく覚悟を醸成して欲しい。
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« スクール・ニューディールについてのシンポジウム開催! |メイン| 経営者のあきらめ »
2009年8月17日
衆議院選挙
今月末は、第45回衆議院選挙の投票日。
長らく続いた自民党政権から民主党政権に移行するのか?が最大の焦点なんだろう。
と言っても、何となく事前の調査や機運では、民主党政権の誕生と言う雰囲気が濃い。
別に私自身はどちらでもいい...って言うと申し訳ないんだけど(笑)
問題は遂行力とリーダーシップだと思っている。
今のままだと民主党政権が誕生しても、何となく今までと同じような意思決定の流れで、国民不在のまま時間だけが過ぎていき、抜本的にマニフェストを実行するための環境整備が整わず、何となくうわべの形だけで絵に描いた餅になるようで...
うわべだけ形だけ成果を訴えても、それでは制度の持続性に欠けると共に、抜本的な改善にはならないもの。
ここは、政権交代って意味をかなりの覚悟で国民は理解しないといけないし、政権政党はその覚悟に答えられるだけの、強いリーダーシップと統制力で実行し続け、真剣に環境を変えていかないと本物の政権にはなれない。
ここでは、目先の損得だけで政策を議論するんではなく、この国の行く末にどれだけ強い覚悟を持って取り組むかってところから、国民も一定の変化や痛みを覚悟しなければいけないと思う。
高速道路が無料になるとか、衆議院の定数を減らすとか、後期高齢者医療制度の廃止とか、子ども手当てに高校実質無償化など、表からだけではなく裏からも見てみると(財源問題も含めて)、悲喜交々に利権や損得が絡み合う。
こういうのって、「絶対にやるんだ!」と言う強い意志が、何らかの根拠に基づいた強固で共有化されたモチベーションを源泉に動かないと、そうそう簡単には実態的なところまで進めないもの。
選挙は政策である程度は選ぶんだろうけど、問題はその実行力。
選挙後は、そういう視点で本物の政権が生まれるかどうか見ていきたい。
投稿者 sdv : 13:31| コメント (0)
« 麻布十番"萬力屋" |メイン| スクール・ニューディールについてのシンポジウム開催! »
2009年8月12日
負荷
私はずっとバスケットボールをやってきたので、学生当時教えてもらった先生方や先輩方には、今でもほんと感謝をしている。
思えば、練習は厳しく相当負荷は高かった。
先輩からは時には理不尽に怒られたり、いじめられたりもした。
でも、後から解ることとして、「だからある程度うまくなれたし、強いチームだった」ってことで、負荷が強かったからこそだ。
先輩の理不尽さも、上下関係をしっかりと持ち、組織を磐石にするためには、とても重要なことである。※その時には腹は立つけど^^;
仕事の場でも同じだと思う。
論理をこねくり回し、いつでも言い訳ばかりを探してそういう負荷から逃げようとしていたり、逆に上司がそんな部下に気を使って負荷を与えることを避けたりしていては、個人の成長も無ければチームの強さもない。
よく「怒る」ではなく「叱る」だ!みたいな話があるが、そんなもんどーでもいい。
感情的に怒っていいんです。理不尽な負荷でいいんです。
「事業を成功させよう」「組織を強くしよう」「部下を育てよう」と言う大原則がしっかりと心の中に素直にあり、普遍な価値観だけ合っていれば。
いずれにせよ最悪なのは、そういう管理職が絶対に身につけておかなければならない大原則や普遍の価値観が弱く、その為に覚悟も弱く、だから部下にきちんと負荷を与えられず、ややもすれば迎合し、挙句の果てに部下に敬語使いなんてケース。
見た目は優しい管理職かも知れないが、上下関係と組織力を知らず知らずに弱め、個人に甘えを認め成長を鈍化させ、偽者の自由を感じさせ、最終的に企業が目指す成果に対して全く非効率なアプローチとなってしまう。
また、そうなることが自分の責任だと言う自覚がない。
コーチングだとか、叱る指導とか、いろいろあるだろうけど、そういうのは根本的に上述の大前提や普遍の価値観、またそこから来る覚悟があって初めて通用するもので、そこも無いのに、そういうテクニックや論理だけをこねくり回しても、成果は絶対に出ない。
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« "情報革命"...今更ながらに(笑) |メイン| テスラ モデルS »
2009年7月30日
社名
最近新しく設立される企業名って、カタカナや横文字が多い。
アルファベットも正式に登記できるようになったってこともあるだろうけど、それにしても漢字な社名は激減しているんだろうなぁ~
そう思えば、昔の社名には社長の名前がついているケースや、本社所在地の地名から取るケースが多いけど、最近そういう社名って、新しい会社ではほんと見かけないような。
当社グループも現在の6社のうち、創業からの堺電機製作所以外は全てカタカナ社名。
次に会社を設立する時には、思い切って「渋谷商店」とかにしちゃうかな(笑)
考えて見れば社長の名前を社名にするなんて、今どきコッパずかしい。。。と思ってしまうところに、覚悟の弱さが出ている気もする。
そう思えば、他の選択肢があまり無かったとは言え、昔の経営者は創業の意識が高く、退路を断って覚悟も本物だったんだろうなぁ...
社名はできるだけその会社が何をやっている会社か直感的に解る社名がいいと思ってきたけど、こういう選択肢もあるな^^;電話出るときイヤだろね、「ハイ、渋谷商店でございます」
覚悟がどうとかってレベルの話じゃなく、やっぱおかしいからヤ~メタ(爆)
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« 小さな虹 |メイン| 社名 »
2009年7月28日
"情報革命"...今更ながらに(笑)
21世紀に入るかどうかって頃、頻繁に「情報革命」とか「インターネット革命」「IT革命」とかって、言葉を口にしていたように思う。
ほぼ同義語で良いかと思っている根拠は、結局のところ情報処理技術の進化により革命とまで呼ばれるようになったわけではなく、インターネットによってそうなったと確信しているので、全てはIPによって起こった革命期と言えるからだ。
振り返れば、18世紀欧州で起こった農業革命から、その後19世紀にかけて英国から起こった産業革命と、それらが起こった背景や、もたらしたもの及び連関性を鑑みれば、革命と呼べるだけのインパクトが十分に伺える。
これは単純に技術が進化したってレベルの話ではなく、思想・政治・生活・人口問題・格差など、あらゆる社会の在り方、そして人の生き様に影響を及ぼしているからだ。
で、今更ながらに情報革命の話。
IP技術により実現したことを思い返してみれば、よくわかるはず。
電子商取引・電子政府・電子投票・オークションサイト・価格比較サイト・ケータイネット・youtube・Google・ケータイ小説・ネット株取引・・・・・・ここ20年でIP技術を活用したメディアや仕組みが、もうほとんど生活に必須なアイテムとなっていることに気づく。
これらはすべてIPの技術仕様や思想、その成り立ちなどを根拠とした特性によって実現されている。
すなわち「オープン」「インタラクティブ」「フラット」「スピード」「曖昧」「グローバル」など。
これら特性をその技術根拠含めてしっかりと理解していれば、情報革命時代を生き抜く術は自然と見えてくる。
私が始めてIPに触れたのは、1994~5年。
まだWindows3.1やDOSがOSで、Netscapeも無かった頃。
これは世界が変わるな!と確信した。
この年の12月にWindows95が発売され、それからはアッと言う間に全世界に広がった。
そう考えれば、情報革命はまだ始まってからほんの15年程度。
過去の革命が1世紀以上続いたことを考えればまだ序章にしか過ぎず、この革命真っ只中における展開は自ずと答えが導き出せる。
22世紀の教科書には、間違いなくこの時代のことを情報革命と紹介されるだろう。
そんな中で、焦らずしっかりと基盤を作り上げながら、事業展開を図っていき、社会の在り方や人の生き様に安心・安全・利便をもたらし続け、革命期だからこそ実現できることにこだわり続けたい。
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« リヴァイアサン |メイン| エコドライブ »
2009年6月30日
恩師
私は学生当時サボりまくっていたし、バカだったので恩師と呼べる方でずっとお付き合いさせて頂いている方がいらっしゃらない。
18歳で社会に出て、それから会社員やフリーターなど、多様な実体験をしてきた中では、私が勝手に恩師と思いこんでる方がいる。
実際に、私の人生に大きく影響を与えて下さった方々。
昨日そんな方と10年ぶりくらいにお会いすることができた。
同じ関西にいるのに私が不義理をしていたため、こんなにご無沙汰をしてしまい...
でも、恐らく10年前の私ではわからなかったであろういろんな話題が、とても納得感を持って一種の客観性も含めて聞くことが出来た。
会話の中では多くの示唆を頂け、改めて苦労されながら人生を真剣に生きてきた方の深さを思い知った。
今現在の自分が真似をする必要もないが、人を包み込む懐の深さと言うか、許容の広さを感じることができ、だからこそ多くの人から頼りにされるんだろうなぁと思った。
そんな中で一点だけ、「誇らしい」と言って頂けた。
自分の教え子(しかも手間のかかった...^^;)が、それなりに頑張っていることを、恩師が誇らしいと思ってくれていた。
こちらこそ、こんなに誇らしいことはない。
と同時に、何の利害関係もなく不義理をしてしまっている方に応援をしてもらえていたことに、自分の夢や結果としての成功は自分だけのものではなく、また会社と社員や肉親だけのものでもなく、今まで関わった多くの方々の心によって成立するものだと感じた。
また責任を強く感じることとなるのだが、それはとてもハッピーでエンジョイできる責任だ。
今まで自分の枠組みの中でばかり責任を考え追い込んでいたが、こういう感じ方に触れることができたのは本当に大きい。
この年になって、またまた恩師に大切なことを教えられた。
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« 副店長研修 |メイン| 恩師 »
2009年6月22日
リヴァイアサン
最近偶然"トマス・ホッブズ"の話題になった。
だいぶ以前に、これに関する資料を読んだので、何となくイメージはあった。
難しい言葉ではわかりにくいが、私の勝手な解釈+wiki抜粋では「人間はそもそも利己的で、人間の行動は全て自己保存のためであり、これは定め。自己保存のためには他者より優位に立とうとするので、その欲望は限りない。だから強い国家=リヴァイアサンによって強く統治されていないといけない」みたいな話かと認識している。ざっくりと。
社会契約論や自然権などは、イメージがわかりにくいから、単純にこんな感じか。
リヴァイアサンとは、旧約聖書に登場する海の怪獣だが、強大な力の比喩だろう。
これは国家だけではなく、会社などの組織にも当てはまる話で、組織統治の大前提だと思う。
しかし、リヴァイアサンによって統治されること自体に確かに問題があるのと、仮に必要であっても現代のリヴァイアサンは、力を振りかざす怪獣では目的を達することができない。
しかし、人間の本性に関するトマス・ホッブズの論理は、その後の社会を見渡しても、かなり的を得ていると思う。
現代人の社会感、国家(組織)の在り方などと、こういう本性の部分を理解した上でのバランスがこれからのマネジメントには重要だと思う。
投稿者 sdv : 12:28| コメント (0)
« 人材派遣事業 |メイン| 当社の組織と社員 »
2009年5月15日
感謝!
事業創出に、ここ最近かなりこだわって取り組んでいる。
当社グループの状況から、今やるべきことだ。
関西で、又は関西以外の地域で、多様な方々とお会いする時間が増えている。
一時期、社内の管理面での整備や仕組み作りに取り組んでいた時は、あまり外で新たに人とお会いする機会が減っていたが、こうやってまたいろんな方々と話をする機会ができたことは、ほんとにうれしい。
また、何とありがたいことに、皆とても良くしていただける。
ほんとに人の連関性で生かされているなぁ~と改めて実感。感謝。
社内では統治のために、全てを利他の精神とはいかないが、外部の方とは利他の精神で接することができる。
どっちが先かなんてどうでもよくって、まずは私がいつも心を開いて、すべてをさらけ出しながら、互いの利の話をさせてもらうことだ。
新規の事業創出を推進する時には、とにかくこの精神で人と会うことだと実感。
自分で動いてみるとよくわかる。
そういう皆さんの好意を無駄にしないよう、必ず付加価値を創出し、社会の役に立つ事業を推進したいと相当な強さで想う。
それが、皆さんへの恩返しだろう。
バランスよく、排他的にならず、適切なスピード感とゆとりを持って、最大の成果を得ることができる事業創出を実現させたい。
その為に、価値観を共有でき、感性の合う多くの方々との関係性を感謝の気持ちを持って大切にしたい。
投稿者 sdv : 22:38| コメント (0)
« 弔意 |メイン| 人材派遣事業 »
2009年5月 8日
個人の欲求と会社の目的と
往々にして、会社そのものの目的と個人の欲求を履き違えているケースを目にする。
というか、こんなことはあって当たり前で、個人の欲が無ければ仕事なんてうまくできるわけもない。
しかし、この欲が強すぎたり、表現が歪だったり、部下まで巻き込んだくだらない閉鎖性とセクショナリズムによって、組織全体を考えないとか、社員の成長を阻害するようではお話にならない。
欲は必要だが、会社の目的を達するために最低限意識しなければならない事項とのバランスをどれだけ保持するかってこと。
このバランスが持てない人間が大切な社員の上長となることは許されず、上に立つ者がこの欲をコントロールできていないと組織は長い時間をかけてジワジワと間違った風土を育み、最後には修正不可能な状況にまで陥ってしまう。
一番たちの悪いケースは、そもそもこういう発想すら理解できてなく、修正不可能な状況に陥ってもその原因がそこにあることすら認識できない場合だろう。
過去からこういう組織と人の問題に対する考え方に芯を通さず間違った状況に陥るケースを何度も経験してきた。
その度に、許容することも大切だが、キチット私がそう感じた時点でほったらかさずに徹底して話をして是正する努力を怠っていたことを反省してきた。
そう、社長である以上組織に対して間違っていると判断した時には、自信を持って面倒がらずに正面から話をしなければならないが、それを怠ること自体が、自分自身の欲である。
同時に、その判断自体が自分の欲の部分と組織の目的とのバランスの中で、是正すべき事項であるとクリアに感じられるかどうかをいつも自問自答していなければならない。
欲とは必要なものだが恐ろしいもの。
すべては人の欲に起因しているのは明白だが、そこに意味を持たせ組織の目的と合致しているかの客観的な判断ができているかを、上に立つ者は考え続けていないとダメだ。
少し話は飛躍するが、上に立つ者は最終的に個ではなく公の人として、人生そのものがどれだけ会社に本質的にコミットできているかの深さの問題だと思う。
その深さだけが、欲の方向性と会社の目的を合致させる唯一の手法だ。
例えば、いくら当社は環境事業で!と語っていても、私生活において平気でゴミのポイ捨てをするような人間や、地域社会の為の事業で!と言ってても、普段地域活動すらやらない人間は、どこまで言っても深さを感じることはできないってことだと思う。
投稿者 sdv : 07:26| コメント (0)
« 公益資本主義 |メイン| 弔意 »
2009年4月22日
目的を達するために
仕事をしていると、会社組織や社会の目的と個人の欲を勘違いしていないか、よく心配になる。
自分自身、常に「これは個人の欲か?社会の欲することか?」を自問自答し続けなければならないと感じている。
事業とは、すべて最終的には社会の主体として成立するために存在し、その目的のためだけに関わる人たちは努力をすべきだが、そこに個人の俗人的な欲が関わるからタチが悪い。
往々にして、そういう場合は大儀を振りかざすので、個人の欲であることを否定するが、本質論に入るとすぐに個人欲が見え隠れ...ほんと反省して自分を律してなければいけません、ハイ→じぶん(笑)
仕事は社会の為にお互い様の意識を持って、気持ちよく進めたいもの。
過去からの経験上、そういう部分のバランスが悪い仕事は100%うまくいきません。
結局、社会の欲する目的を達すること=お互い様精神の気持ちのいい仕事をすること、で初めて目的を達成することを考えれば、仕事の根本は人と人との連関性であることは明白。
今でも新たな事業を展開しようとする時、多くの旧知の方々に支えられていると、ここ最近ほんとありがたい話が多く強く実感していることを思えば、そういうご信頼を大切にしないといけないなぁ~と改めて思う。
私たちが、こんな風にある程度うまく事業展開が図れているのも、思い返せばすべて人の連関性に支えられている。
欲を捨てた素直な心で接することを、今一度強く意識したい。
投稿者 sdv : 18:28| コメント (0)
« 新卒社員入社 |メイン| 公益資本主義 »
2009年4月 8日
ちょっとお疲れか...
体調が悪いってのもあるけど、そもそも体調が悪くなるのは、精神が充実してなかったり、気が張れてないからだと思うと、少々お疲れ気味か。
心技体とはよく言うが、「心」の充実が無ければ、良い仕事はできない。
で、なぜ精神が充実してないか?
結局は、自分の慢心とか欲や利が出てしまっているんだと思う。
「オレがこれだけやっているのに...」とか「責任を持たないくせに、いいところだけ持っていく卑怯者...」なんて、しょーもないことを感じてしまうから、シンプルに集中できてないんだろう。
こんなことじゃあダメだね、社長さん。立場が中途半端なんで、余計にね。
逆に言えば、社員に同じようなことを思わせるとダメですね。
仕事にシンプルに集中できる環境を用意するのは、言い訳させない環境って意味と同じこと。
でも、そういう環境を作るのは、その上席がきちんと責任を果たし、当たり前のことを当たり前にする凡事を徹底し、人の何倍もの努力をするってことでしかない。
もちろん、管理職におけるこの努力ってのは、実務だけをするって意味ではなく、大局を見る目を養い、判断し、目的方針を出し、目標に向かってマネジメントをするってことが大切。
精神が充実せずに、疲れて体調崩している場合じゃないな、マジで^^;
早く復活しないと。
投稿者 sdv : 09:15| コメント (0)
« 新自由主義の崩壊 |メイン| 私が社会人になった頃 »
2009年3月23日
WBC
確か前回のWBCの時にも、ここになんか書いた気がするけど...
その前回大会でも同じシーンがあったみたいだけど、今回も日本との対戦で勝利した韓国チームが、マウンドに国旗を立てると言う姿があった。
ちょうど今現在、米国との準決勝は8回7-4で日本が勝っている。
このままだと、決勝はまたまた韓国vs日本となる。(もう笑っちゃうけどね)
今回決勝で韓国が勝てばきっと同じようなシーンが繰り広げられるんだろうなぁ...
もし、日本が勝ったなら。
絶対に日本選手には、国旗をマウンドに立てるなどと言う行為はして欲しくない。
できることなら、ハングルで「今大会5度も戦うことになった、最高のライバル韓国の健闘を祝福したい。どちらが優勝してもおかしくはない。ライバルがあってこそ日本は共に成長できた。ありがとう韓国!」ってなメッセージを掲げて欲しいと願う。
2007年中国は杭州で開催された女子サッカーのワールドカップ。
日本女子は、ドイツとの対戦で徹底して地元中国の観客にブーイングを浴びた。
ほんと自国の応援でもないのに、酷いアウェー状態。
そんな試合後日本女子チームは、「ARIGATO 謝謝 CHINA」と書いた横断幕を全員笑顔で掲げた。
こんなことができる国民性を誇りに思いたい。
投稿者 sdv : 12:09| コメント (0)
« 会社は社会における公な存在 |メイン| 次のフェーズへ! »
2009年3月11日
恥
政治家のケンキン問題がどうとか、ゼネコンとのユチャクとか...
テレビをつければ、くだらないシーンのオンパレード。
「記憶にない」なんて、何十年も前の手段じゃん^^;
もう全く吐き気がする。
人間には、生まれてから成長段階に教わる、社会で生きていくために必要な原理原則がある。
「アイサツをする」「ウソをつかない」「宿題を忘れない」「遅刻しない」などなど。
こういう当然の原理原則って、大人になると逆に忘れてしまうのかなぁ...
偉くなると、誰からも注意されなくなっちゃうからなぁ~
当たり前のことを当たり前にやる!それができないくせにウソをついてエラそばっている人は大嫌いだ。
※子どもみたいな言い方だけど(笑)でもほんとに大嫌いなんだから仕方ない。
"恥"の意識を現代人は忘れているとは、何年も前から言われていること。
ああいう政治家って、恥ずかしくないんだろうか?
どうしたら政治って、少しはマシになるんだろう。
お金もらわずに、ボランティアにすればいいのにね、議員って。(そういう国もあるらしい)
そんなことしても何の解決にもならないとわかりつつ、取り合えず日本国民全員で投票辞退とか、納税中止とか、海外移住とかってやって、社会の機能がマヒした方がいいのかも。ったく...
ほんと、今回はベタに愚痴のみだけど、日々社員も含めて社会のためになんて考えて頑張っているつもりだけど、社内で社員のありえない言動があったり、こんな政治家のバカさ加減見てたら、正直辛くなってくる。
この国の成長性を阻害している要因として、こんな部分はかなり大きいかも...
投稿者 sdv : 18:44| コメント (0)
« 人は城 |メイン| 恥 »
2009年3月 7日
会社は社会における公な存在
私たちの会社は同族企業で、ほとんどの株式を身内で保有している。
しかし、それは私利私欲のためではなく、株式が離散することでのファイナンス計画が歪な状況にならないようにと言う意識が強い。今の段階では。
会社とは社会の一つの主体で「公」な存在なので、決して株式を保有しているからその人が自由にしていいと言うものではない。
その為に、外部監査、外部役員などの牽制や総会などの意思決定手法が定められ、一定の枠組みの上で成り立たせようとしている。
しかし、中小企業の多くはそういう枠組みが適切に遂行されていない。
株式を保有している人の考え方に委ねられているケースが多いはずだ。
自分が出資してリスクを負っているので、会社を私物化し適当な嘘で社員をごまかし、言葉では決して言わなくても、社員は自分の報酬(贅沢)のために働いていると考えている経営者=株主は相当いる。
適切に税金を払わず、私利私欲の為に何でもかんでも会社経費で落とす。
十分な利益が出ていれば全く結構だが、こういう会社は大概ギリギリの経営が多く、社員の身を削って経営者の贅沢を支えていたりする。
また、そこまであくどくなくても、会社組織の本質的な目的のためではなく、自己のプライドやこだわりを優先してしまうケースもあるだろう。
会社は決して私物化してはならない、社会の「公」な存在である。
付加価値度を上げ続け、その結果として成長しながら利益を計上する。
社会の主体の中で、付加価値を上げ自分が属する社会の単位に成長をもたらすことができるのは会社だけ。
この利益が納税となり、給与となり、社会を豊かにする。
そう考えれば、決して私利私欲の為に私物化して良い訳が無い。
経営者=株主になれば、誰もその行動を叱る人間がいなくなり、牽制が起こりにくい。
だからこそ「義」を通さなくてはならず、自らを律しなくてはならない。
その為には、情報も行動もオープンにすることが大切だ。
死んだ父親は「働かざるもの食うべからず」といつも言っていた。
本人が言いたかった意図と、今の自分が感じているものは違うかも知れないが、経営者は会社の中で一番汗を流していないといけない。(決して実務をやると言う意味ではなく、引き受ける意識の強さから、一番会社のこと仕事のことを考え行動しているということ)
その引き受ける強さも持たず、自分は出資してリスクを追っていると言う使い古した言い訳で納得をして私物化するようでは、会社が「公」としての義を通せるはずもない。
何かと殺伐として、自分さえ良ければと言う風潮の世の中。
社会の主体者として「公」の意識を突き通せる会社であり続けたい。
その為に社員には厳しい意見もするだろうし、戦わなくてはならない時もあるが、それは、道徳性・社会性から発展した統治原理の範疇である。
その上で、必ず10年後15年後に、納得できる会社であることを私は誓う。
投稿者 sdv : 09:22| コメント (0)
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2009年3月 2日
人は城
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」
この有名な言葉が成立するには前提がある。
現代の企業が戦国時代の国や領主に置き換えられることが多いが、この言葉だけでは現代企業の"人財"に対する解にはなり得ない。
複雑化した環境が、本質をボヤけさせるが、自由と統治の尺度が現代とは違いすぎる。
昔のフォークソングには"自由"って言葉が良く出てくる。
自由を手にしてみたら、その責任の重さに逃げ出したくなるものだし、本当の自由なんて、めちゃくちゃ不自由で(拓郎だったっけ...)孤独なもんだと思う。
宮沢賢治は有名すぎるけど。
雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち
慾はなく 決して瞋らず いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり そして忘れず 野原の松の林の蔭の小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいゝと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い
一人のときは涙を流し 寒さの夏はオロオロ歩き みんなにデクノ坊と呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず そういう者に 私はなりたい
現代人が考える"自由"とは程遠い生活。
しかし、多くの人の心を掴んで放さない私利やプライドなどとは無縁の生き様。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」
キレイ事かも知れないが、もう少しだけこの言葉の本質だけを信じてみようと思う。
何事にも殺伐とせざるを得ない現世。
本当の義を守るために、戦わないといけない時もある。
あっ、そう思えば、結局は昔も今も本質論は同じか...
ならば、組織の統治手法含めて、まだまだやれることはたくさんあるはず。
この言葉を信じられるようになるまでは。
投稿者 sdv : 22:38| コメント (0)
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2009年2月 1日
ナショナリズム
金融資本主義が深化した結果、未曾有の恐慌へと突入している世界だが、各国の保護政策が顕著になってきた。
今までのグローバリズムは何だったの?と考えてしまったが、でもよくよく考えればグローバル化とは実はナショナリズムを進化させるってことか。
ナショナリズムを政治的な国家を単位とするならば、多くの国家は政治的・宗教的・民族的にそれぞれが歴史を持ち、誇りを持っているわけで、それが米国主導のグローバリズムなんてものに簡単に染まるわけもない。
一方、わが国はと言えば明治維新以降、戦前の一時期を除けばほぼ脅迫概念かのように、世界の状況に合わそうとしてきた。
それは資源がない国の宿命とでも言うべきで、悲壮感すら漂っている。
これからの世界は、情報革命以降のグローバルな展開がより進展することは明白として、その上でのナショナリズムが進展する。
投機的な資源バブルは収まったが、長期トレンドでは資源ナショナリズムがより色濃くなっていく。
各国のあからさまな経済保護政策は、昨今のWTOを見ていても明らかだ。
1929年世界大恐慌の結果、各国の保護政策が進展し、国家間格差、資源問題が第二次世界大戦に突き進んだことは、誰もが承知するところ。
宗教問題も含め、モラル無き保護政策の延長上にある排他的ナショナリズムは非常に危うい。
そういう風潮が世界に蔓延しても、わが国は我慢の中から日本的経営システムを守り通したいものだ。
雇用を維持し、社会の一つの主体として国家・地方自治体・会社などの役割を今こそ見直し、一体感を持って社会システムを維持し続けることが重要だ。
投稿者 sdv : 08:51| コメント (0)
« やれることはまだまだたくさんある! |メイン| リーダーシップ »
2009年1月25日
社会性
よく"社会性"と言う言葉を使う。
社会性という言葉の定義自体が曖昧なので、イメージとして使うケースが多いと思う。
なので、私が使う時の定義は。
人間は、家庭・地域・会社・国家など全ての社会を司る組織で活動をしながら生きていくのだが、その中では法律など守らなければならないルールがある。
社会性とは、そういう定められたルールではなく、社会の中で生きていくために必要だが、法的に定義されて無い能力のことだ。
例えば「空気を読める」なんてのもこの能力の一つだし、「人の話を聞いて適切な行動が取れる」なんてのもそうだろう。
また、最低レベルには、法律などのルールを守るってのに近いレベルの社会性ってのもあると思う。
人間は家庭や学校、友達付き合いなど発達段階に応じて、この社会性のレベルを上げていく。
例えば、「挨拶する」とか「人を傷つけない」「カンニングしない(笑」なんてのも、最低限必須な社会性だ。
人間が(日本人が)生きてきた中で、正しいと思える常識的な振る舞いと、やってはいけないと思える行動ってのは、ある程度社会で共有されているものだ。
この共有されている振る舞いを行える能力が社会性である。
この発達段階に応じて身に付くはずだったものが、最近少し甘くなっている。
一つの視点は、社会性そのものが多様化し、自由な行動・振る舞い・考え方が容認されることで、一意ではなくなってきたこと。
もう一つは、上述最低レベルの社会性すら、教えられなかった場合又は教え方が弱いことで間違った認識を自分勝手に持ってしまった場合がある。
会社は、この最低レベルの社会性を有している社員で構成するもの。
ここもないのに、社会を司る主体で活動するのは難しい。
何らかの事情でこの能力を身につけることができないのであれば、それはセーフティな環境を国家が整える必要がある。
会社の社会での役割は、そういう能力を身につけさせることではなく、市場において付加価値を創造することで、何らかの生産性のある活動をすること。
なので、最低レベルの社会性を有していない社員が組織にいては、この役割の障害になってしまうので、ここは譲れない。
その上で、もう少し上位の社会性(能力)については、場合によっては会社活動と言う一つの発達段階において身につける場合もあるし、より高度な能力も身に付くように会社は「研修」「風土」など環境を整えないといけなくて、そのことにより会社の役割を達することができるようになる。
投稿者 sdv : 08:46| コメント (0)
« 仕事のやり方 |メイン| 社会性 »
2009年1月21日
やれることはまだまだたくさんある!
マーケットが理解できてないとか、業務ノウハウ・経験が不足しているとか、手法論に自信が無いとか...構造的に新しいことにチャレンジする時にはわからなくて当たり前。
そんな時には、片っ端からやってみるしかない。
でも、今の自分にできる最大の効率を目指すためには、考えて考えて考えぬいて、怒られて指摘されてくそったれと思いながらも、とにかくやるしかない。
その上で失敗してしまった時、このプロセスによってその失敗の重さが違ってくる。
何も得るものもなく、場合によっては憎悪や言い訳だけが残る失敗と、多くの気づきと、人間関係や信頼を勝ち取れる失敗もある。
今思い返せば、自分の人生ここ十数年そんなことばかり。
でも、今は確実にあるし、思い返せばそんな頃の自分も懐かしかったり^^;
確かに忙しい。
いい年になって若干体の調子も悪く少し心配だったり。
集中力や気持ちの強さが保てなくなったり。
いやいや、そんな中でも絶対に諦めない。
やりきってもないのに、諦めたり、失敗を表面だけ反省したりしても、何も残らない。
やれることはまだまだたくさんある!
勇気を持って、近い未来と自分を信じて、やりきっていこう。
投稿者 sdv : 22:59| コメント (0)
« トコトンやろう! |メイン| 今年もお世話になりました。 »
2008年12月30日
ったくもう...
今朝のテレビで、リーマン元社員と派遣切り被害者が、討論するって企画があった。
ハッキリ言って、うんざりと言うより吐き気がしてきて、チャンネルを変えた。
もう、ほんとこういう企画やめて欲しい。
メディアの極端に偏った考え方、テレビ局の自分自身守られているところに居ながら、雇用問題についてある種おもしろ半分な企画、大局を見ずに視聴率のために興味を持ってもらえそうな内容に終始する姿勢...本当にテレビの時代の終焉だ。
派遣切り被害者がリーマン元社員に対して「そんなにお金持ってどうするんですか?」とか、「友達いますか?」「人を信用して生きていますか?」→人を信用して生きていることだけは、絶対勝てると思う...って、勝ち負けの問題か!?
ったくもう...
投稿者 sdv : 18:08| コメント (0)
« SDVグループ第1回ゴルフコンペ! |メイン| "人財"に関するお仕事 »
2008年11月20日
暗いらしい...
先日知人からこのBlog読んだけど感想は「暗いよ!」だった(笑)
そう言えば、書き振りとしては「○○でなければならない!」とか「反省」とかって切迫感と言うか追い詰め感が多いと思う。
こういう文章書くタイプは、気持ちが病む人が多そうな気がするし^^;
こういう自戒の文章をよく書くんだけど、まぁ結構軽い気持ちで書いてたりもする。
自分の中では、案外「遊び」の部分と言うか、そういうバッファを持ってて、そんなに自分を追い詰めることもなく、バランスは保ててるんだけどね。
あとは、「成長」とか「守るべきもの」とかって言うのは、自分でも実はウザイなぁ~って少し思ってるんだけど^^;まぁそれもバランスですね。
基本はノビノビ明るく楽しみたいんですよ。
でも自分はどっちかと言うと、ほっておくとサボり気味な人間なんで、自分に言い聞かせ続けるくらいがちょうどいいか。
投稿者 sdv : 07:39| コメント (0)
« 池田市サイクル&エコカーニバル |メイン| SDVグループ第1回ゴルフコンペ! »
2008年11月14日
プロフェッショナル
プロとアマチュアの違いって何だろう?
一番よく言われるのが「言い訳するか、しないか」ってのは、有名なところ。
じゃあなぜプロは言い訳しないのか?
自分の周囲に起こるすべての事象は、すべて自分の責任であると考えているから。
と、私は解釈している。
そう思えば、すべての愚痴・文句・不信・怒り・失敗・傷など、実はみ~んなアマチュアだから出てしまうこと。
例えば、周囲の問題で自分の仕事がうまく機能せずに、周囲に対して文句を言ってみる...そもそも、そういう環境で仕事をしていること自体が自分の問題だし、機能しない状況になっていること自体、自分の力が無い証拠。
例えば、出来の悪い社員の文句を言う社長...天に唾を吐いているのと同じ。自分は出来の悪い社長と言ってるように聞こえる。※ハイ、反省してます^^;
例えば、くだらない仕事、しょーもない会社と愚痴を言う社員...あんたもその一員でしょ。
例えば、理不尽な要求を突きつけ、腹の立つ取引先に怒ってみる...自分及び自分の会社が弱いから、そんなことにつき合わないといけなくなる。強くなるためには努力以外にないし、強くならないと守るべきものも守れない。
例えば、どうしても部下を信じられない...自分が信じてないのに、部下が自分を信じる訳がないってケースがほとんど。信じきるだけの迫力を自分が持ててないだけ。
例えば、部下にあまり根拠無く怒鳴りつけたり...傷つきたくない自分を守り、自分の立場を保持し、一番弱い自分のことだけを考えているケースが多い。これ、最悪。
アカン、自分も全然アマチュアや。
最終的に目指す目的のためだけに、何がベストか?をシンプルに考えることが、まずはプロへの第一歩。
余計なことは排除し、自分の責任のためだけに努力する。すべてを他責にせずに。
プロは言い訳しない。
だから成長する。
だから負けない。
だから余裕がある。
だから迫力がある。
だから本当に守るべきものを守れる。
投稿者 sdv : 18:23| コメント (0)
« 東京でのお仕事 |メイン| モバイルビズ2周年決起大会!! »
2008年11月 1日
信頼
信頼を得るのは大変なこと。
信頼を裏切るのは一瞬のこと。
信頼を得ると言うのは、一生かけての作業なので一時的に「信頼を得るために」なんて物事ではなく、それが極当たり前に生き様となっていないとって話。
論理や、考え方など、すべての生きるため(仕事をするため)に必要な要素は、この信頼に立脚している。
論理や考え方に優れていればいるほど、信頼を失うような「人」であった場合、それが反作用となってマイナスへの効果が大きくなるので一番たちが悪い。
信頼を得続ける生き様とは、「八方への気配り」「周囲があってはじめて生かされていることへの感謝の念」などの気持ちの持ち方としての手法論はあるけれど、それ以上に「責任を全うする強さ」だと思う。
同時に、その強さが「許容」や「優しさ」に繋がるくらいの"胆力と迫力"
そこから本当の"利他の精神"が生まれ、それが"徳"だと思う。
この"徳"が無ければ信頼は育まれない。
なんて書くとなんだか高尚な気もするが、そんなことはない。
"徳"とは誰もが当たり前だと思うちょうど良いころあいの凡時を常に徹底して行う「当たり前のことを当たり前に!」が大前提。
深くすべての事象を知り、論理を知った上での"中庸"だと思う。
投稿者 sdv : 07:23| コメント (0)
« 自分の気持ち |メイン| 東京でのお仕事 »
2008年10月19日
人が必要とする価値
国際的な株価の下落により、個人で投資している人はもちろんだが米国の年金のように投資信託で運用されている資産も大幅に減少し、もらえる年金額が少なからず減るなどの直接的な影響が出始めている。
国内でREITが破綻したのは、当然の流れだろう。
企業においても、時価会計により大きく資産を減らしている。
※一部金融機関、商品向けに時価会計を凍結するなんて話も出ているが、またまた欧米得意なルール変更によって自分に都合が良いように進めているようだ。
まぁ、銀行はみな国営化の道を歩んでいるんだから、もはや何でもいいが...
マルクスが説いた、イデオロギーの虚偽意識は間違いなく存在する。
グローバル化が進んだ現代においては、イデオロギーを超えた真の連携が重要だろう。
また、市場原理主義についても、便利で気楽な"見えざる手"に委ねている場合じゃない。
こんな世の中でベタな話、お金持ってる人はどうしてればいいんだろう??
株や債権、先物などで分散投資する?
安定的な金?
現預金で持つの?
世界経済は縮小していくの??
まぁ、何でもいいですね。だいたい持ってないし^^;
持つから面倒なんですよね、個人資産は。こういうこと気にしないといけなくなるし...まぁ、持って無い人の精一杯の言い分だけど(笑)
人は必ず死ぬので、人生は一回っきり。
その間に何を価値とし、何が幸せだと思えるのか。
資産を持ってれば、それを守るためにいろんなことが気になって幸せじゃない...なんて馬鹿げている。
子どもに資産を相続しても、それを守るのも減らすのも子どもにとってはいいことじゃない気がする。
別に資産保有の有無に関わらず、何を幸せだと思えるのか。
私は自分で責任持てる人生を、自分で切り開くことが一番幸せだと思っている。
良くも悪くも人生すべてに納得できる状態。
それは"自分以外の誰か、何かに責任を押し付けない"ってことでもある。
その姿勢が、本当の意味での人の信頼関係を生み出すことでもあり、厳しく不確実な社会における価値だと思っている。
投稿者 sdv : 11:07| コメント (0)
« 金融危機で世界は大変みたい... |メイン| 人が必要とする価値 »
2008年10月13日
自分の気持ち
このところ、よくBlogと言うか日記を書いてるなぁ~
これきっと10年後に読み返すとおもしろいと思う(笑)
自分の気持ちのコントロールってどうやってやるんだっけ???
ある程度コントロールをするために、みんな処方箋を持って何とかやってるんだけど、時々前例がなくて、解決法がわからない(薬の調合がわからない)ケースがある。
そうすると、悩んで、気持ちがブレて弱くなる。
人生は前へ進もうとすると前例のない状況ばかりだから、解決法は知らなくて当然だけど、経験値が増えれば増えるだけ、解決に導くための材料が増え、気持ちのコントロール術を会得し、精神的なゆとりの中で必ず解決できるようになる。
薬の研究者のように...
とかって、何でも体得しているようなことを言ってるが、実際の話このコントロールが結構できてない^^;
なんで、気持ちの浮き沈みが激しかったりする...(あっ知ってますね、皆さん)
でもどう考えても人生は前に進むしかない...私の場合には立場としての責任としてもそうだ。
どんなに辛くても、ここは意地でも後ろを向かないと決めている。
元々あれだけ優柔不断で、気にしぃで、弱い自分が、何とか社会でがんばれてるのも、前だけを向いてきたからだ。ここは本当に自分は変わったと思う。
その時、その時で当たり前に前例の無い問題が行く手を阻んでいる。
その都度、気持ちのコントロールが弱くなって、悩んで考えて...
でも、それでいいんちゃう、たぶん。自分は自分。自分だけの人生に自分で責任持って進めないんであれば、社会に(世間様に)申し訳が立たない気がする。
こんなに恵まれた時代に、恵まれた国で、不自由なく生きていける社会に甘えているだけってことになる。
でも、ちょっとだけ休ませて...って時々思う。(結局甘えてるんだけど...)
まぁ、こんな時間に寝れなくてBlog書いてる時点でヤバイ気もするし^^;
その休息は、すべてを理解していて、何の気兼ねもなく、価値観が共有できて、戦っている者同士の大切な場だ。
投稿者 sdv : 04:48| コメント (0)
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2008年10月10日
限界を超えて
想わず、言わなければ、叶うものも叶わない。
想っているだけでも、言うだけでも叶わない。
想って、言うことに責任を強く持って努力すれば、必ず叶う。
このところ、若干スランプか。
あっ、昔誰かが言ってた「スランプって言葉は一流の人間だけが使っていい言葉」
じゃあ、自分のは「そもそもそこまでの力足らず」ってことか。
「自分に限界を作っちゃダメだ」...どっかで聞いた言葉だと思ったら、先日TVで松岡修造が言ってた。
限界なんてイメージは、自分が頭で勝手に描いてしまったもの。
それなのに、そこを絶対的な限界だなんて思っていたら、間違いなく超えられない。
セルフイメージの中にある限界を超えたところにある願いは、想い続け、言い続け、一所懸命努力すれば、必ず叶う。
こんな経験をどれだけくぐり抜けるか...だ。
投稿者 sdv : 23:35| コメント (0)
« ノブリス・オブリュージュ |メイン| 限界を超えて »
2008年10月 9日
素直な心
今更ながら。
人の振り見て....ではないが、ここのところほんとに「素直な心」って大事だなぁと思う。
いっくら、頭良くても、論理が優れても、根本的に社会は人の連関性で成り立っている。
その連関性を司る大前提は「素直な心」だ。
確か、だいぶ前にも同じテーマで書いたことがある。
ある高校のバスケ部の「部旗」に掲げられていた言葉だ。
素直な心が持てないのって、要は余裕がないか、自分の欲求だけを満たしたいか、性格悪いか^^;
そう言えば、だいぶ以前にある土木建築業の社長さんが、若い頃の私のすっごい無理なお願いに対して、それを聞く義理なんてどこにもないのに「ハイ、喜んで!」の精神で引き受けてくれたことを思い出す。まっすぐ素直に。
そんなことって、一生忘れないんで、何かの際にはご恩を返さないと....ってまぁ思ったままになっちゃってるんだけど...
その社長の、度量の広さ、胆力の強さ、許容の深さ....そういうことだと思う。
基本中の基本だけど、今一度初心に戻って「素直な心」で。
投稿者 sdv : 21:07| コメント (0)
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2008年10月 4日
ノブリス・オブリュージュ
昔にも書いた気がするけど、多くの方が座右の銘とする言葉。私は違うが...(笑)
「高貴な者の責任」と言うか、上に立つ者が、先頭に立って責任を負う姿勢みたいな意味だけど、元々は英国貴族が戦いの際に、最前線に立って...って事からなんで、どこか武士道にも通ずる部分もあるか。
まぁ立憲君主制の英国で、国王が軍の最高司令官に実態的には近い存在であると思えば普通のことであるし、古くは領主と農民の関係を考えれば、日本でも江戸時代の名君上杉鷹山なども、イメージがかぶる。
昨今でもヘンリー王子はイラクに行きたかったみたい..結局取り止めになったんでしたよね、確か。
で、今の我々のこととして、こういう思想を考えてみたらどういうことになるのか?
こういう思想とは、組織上位者が組織に対してどのように責任を保つことを示し、信頼を得るかと言うこと。
一つは"許容"(任せきる度量。しかしほったらかしではない)
一つは"個人の欲求よりも、組織の目的を優先する"
一つは"普段は任せていても、最後の責任は必ず取ると言う安心感"
当たり前に言われていることばかりだけど、実際日常的にそういう思想を深く強く持ち続けられるかを客観的に見れば、反省ばかり。
まぁ、例えば自分はそう思っていても、組織に属する者が、こういう思想に当てはまらないケースもあるし、許容の幅やどのラインから最後の責任とみなすかのバランスは、状況に応じて変化するが。
しかし、そのコントロールも含めて組織上位者の責任だろう。
こういう組織上位者の心構えは、一朝一夕には本物にならない。
深く深く腹の底に落ちて初めて、本物の行動になる。
ノブリス・オブリュージュなんて、英国貴族の規範となる思想はわかりやすいし、歴史に裏付けられたものだが、勘違いの自由と優しさが蔓延した現代のわが国において、英国貴族のような歴史のない私たちがこれを貫き通すには、相当な覚悟と意思の強さが必要だ。
こういう強さが日常でも迫力を持ったマネジメントに繋がるんだと思う。
私はもちろんだが、当社グループの組織上位者は、常にこういう思想を持ってもらいたい。
いくら能力があっても、ここに迫力が無ければ管理職としては未熟である。
投稿者 sdv : 11:06| コメント (0)
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2008年9月 7日
オープンであること
昔から何度も何度も言ったり書いたりしていることだけど、"オープンであること"はとても重要だ。
ってな話は今の世の中では当たり前の社会性になっている。
にも関わらず、いまだにオープンさや透明性を意識していないケースが多い。
隠すこと、伝えないこと、わかりにくいことは、もはや仕事上でも最大の欠陥である。
こう考えてみれば、不透明性を持った組織や事業がことごとく失敗したり疲弊したりしていることが良くわかる。
これは間違いなく人の真理だ。
人は守られたり、隠れてたりすると必ず弱さが出てしまうのが常の動物。
社会のグローバル化によってこういう考えが浸透し始めたが、それを加速させたのは「構造改革のインフラ」「グローバル経済のエンジン」であるインターネットだ。
"オープン""スピード""フラット""インタラクティブ"など、インターネットの技術仕様からなる思想が大きく影響している。
情報通信に関わる仕事をしている私たちが、このオープンさを欠くような組織、仕事のあり方ではいけない。
もっと徹底して思想を伝えていき、組織風土を醸成させていく。
投稿者 sdv : 08:41| コメント (0)
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2008年7月27日
シンプルに!凡事徹底!
働いていると、いろいろと悩むときもあるし、壁にぶつかることもある。
今までの自分の仕事よりも難易度が高まり、難しいことを考えないといけなくなったり。
会社の中で、社会の中での立ち場の変化と共に、自身も成長しなければならないんで、そこには必ず壁がある。
そんな時には、できる限りシンプルにできることをしっかりとやってほしい。
いわゆる凡事徹底だ。
基本に戻って、日々の中で忘れがちな凡事を徹底して継続する。
挨拶・報告・元気・掃除・整理なんでも構わない。
ホームランは必要ない。単打を繰り返せばいい。
基本を大切に行えば、必ず光明が見え個人の成長の基盤となる“太さ”が身につく。
その“太さ”を自信に、失敗しても構わないので、思い切って自分の殻を破って欲しい。
なので、まず先にあるのは、凡事徹底である。
蟹工船が流行っている。
格差が広がり、仕事に対する意識が低下する。
わが国は内需に限ればリアルにマイナス成長時代に入り始めていると言っても、誰も異論はないだろう。
そんな時代に、私たちの会社は以前から「一生働ける会社」「成長と共にポストと報酬を与えられる会社」「理不尽さを排除して透明でオープンで納得感のある会社」を目指している。
人生を豊かにできる仕事の在り方をいつも考えている。
私は私のミッションである上述のような会社の在り方に向けて自身も成長しながら実現したいと思っている。
社員も甘えを排除して、まずは凡事徹底。その上でしっかりと成長し、目指す方向に共に歩んで欲しい。
投稿者 sdv : 09:32| コメント (0)
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2008年6月17日
自責と他責
あまりに何事も他責にする人間の多いことか。
それはあからさまなものではなく、責任と言う事の深さを自分の中で適当に切り上げて、勝手な解釈で責任の範囲を決めてしまっているので、その範囲の中では確かに自責の念は持っているんだろうが、全く義理を果たせてないことに気づいていないと言うケースが多く、これが一番やっかいだ。
そう思い込んでしまっているわけだから。
自分の周囲に起こることはすべて自分の責任。
こう考えると、責任の範囲=無限である。
この世で生きていること自体が責任である。
会社と社員と家族と周囲の社会環境は、すべて経営者であり個人である自分をを写す鏡。
何でもかんでも勝手に他責にして、責任を負うことを嫌う人間は、そうやって生きてそうやって死ねばいい。きっと自分が死ぬことも誰かの責任にするんだろうな^^;
この責任の範囲に応じて、社会の中での価値が決まる。
その価値が現代では一般的には報酬に反映される。(報酬を得たいと言うより、結果として報酬がついてくる)
戦国時代で言えば、義理を重んじて、死を恐れずに武士としての責任を全うして勇敢に戦ったものだけが、各地大名から評価されて、下級武士からでも何千石といった侍大将にまでのし上がったわけで、現代であれば死を恐れずに....ってことが無いだけでも全く持って気楽なわけで、そういう社会の中で如何に自律し、自責し、責任の範囲を深いレベルで広げられる人間だけで、高い報酬を得ていいんだと思う。
殺伐とした社会の中で、"義"を失い、"恥"をさらしてでも拝金主義に走る。
そんな人間が、一国一条の主として会社を守れるわけもない。
いかなる時も、自らの"義"と真剣に向き合って"筋"を通そう。
それが会社と社員と社会を守ることができる、経営者の責任であり"徳"である。
投稿者 sdv : 09:30| コメント (0)| トラックバック
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2008年6月14日
まだまだ!
昨日は「死ぬ覚悟」なんて、偉そうなことを書いたけど、正直そんなもんまだあるわけもない。
でも、「死ぬの免除」って制度がないんで、誰もが必ず死んで無になる事実を受け入れるかどうかってことは、ちょっとリアリティを持って考えられるか.....怖いけど^^;
ここ最近学習意欲が薄くなっていたかも知れない。
この年齢で何かの慢心が生まれていたように思う。
だから、考えやフィロソフィの部分で、自分に新しい納得感のあるものが生まれてきてなかった。
もっと知識を!
以前は毎日本を読んで、webサイトで調べて、人と積極的に会ってと、貪欲に知識を貪っていたことを思うと、今はやはり慢心だろう。
もう一歩二歩階段を昇らないと。
それを怠らずに進むことで初めて「死ぬ覚悟」なんて言葉が使えるんだと思う。
そう思えば、まだまだ。
初心に帰ろう!
投稿者 sdv : 07:22| コメント (0)| トラックバック
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2008年6月13日
死ぬ覚悟
ちょっと前に社内の報告でも書いたのと同じようなネタだけど、最近とてもこういうことを考える。
自分は現在44歳。
一般的には一線で働けるのはあと20年。半分は過ぎてきたって感じ。
人生を親父が死んだ66歳と思えば、生きれるのは後22年。
根性で^^;がんばったとしても、後30年程度が自分の人生を終えるとき。
人間は必ず死ぬ。
死んで、すべては「無」になる。
宗教観があればいいのだが、あいにくの無宗教。
どのみち死ぬのは決まっているのであれば、生きている間をどれだけ大切にできるかと、自分を全うする生き様を貫きたい。
同時に死に方もである。
昨今、武士道なるものも日本人の生き様として注目を集めている。
「武士道とは死ぬことなり.....」なんだかエライ人がいったみたいだけど、そんな訳は無い。
たくさんの武将が死ぬことを怖がったはずだ。
それでも宗教観も含め、周囲にバタバタ死んでいった戦国時代には、それを受け入れられる環境は現代に比べればあったんだと思う。
現代においてはどう考えるべきか?
「胆力」なんて言葉は、どうこう抜きにして好きな言葉だ。
この年になれば、かなりリアリティが沸いてくるが、「無」になるのである。
この無常と怖さは計り知れない....
戦国時代のように、斬った張ったではないが、実際にはこれからますますそれに近い覚悟の時代が到来する予感がする。
その時代に、自分がどうやって死ぬ覚悟を持って胆力を発揮できるのか?迫力を持てるのか?
ここに絶対的な覚悟が無かれば社長なんて務まるわけもない。
戦国時代で言えば一国一条の主であって大将なわけで、部下の生き死にまで大きな意味での責任を持ててなければ、社長なんてやってはいけない時代だと思う。
それができないのであれば、安易に「社員の生活に責任を持つ」なんて言ってはいけないんだと思う。
まずは自分自身が死を覚悟した上で、日々を全うできる覚悟をリアルに持てて、考動できるかだ。
投稿者 sdv : 14:15| コメント (0)| トラックバック
« ビジネスの種 |メイン| 死ぬ覚悟 »
2008年6月 2日
許容のバランス
管理職であれば部下に対する許容は絶対条件として必要だ。
しかし、許容ばかりで指導しないのも問題だし、コーチングなどと悠長なことを言ってられない状況もあったり、部下の気づきのレベルが低ければやはり注意しないといけない。
このバランスと、タイミングと表現の手法と.....そういうものすべてがマネジメントスキルの一つなんだと思うけど、そういう意味では自分のスキルはまだまだである。
私はまだまだ「こうでなければならない!」と言う理想が強すぎて、それが社員のプレッシャーに確実になっている。
それが結果として良い方へ出ればいいが、必ずしもそうとは言えない。
という事は、そのバランスが悪いわけで、本来的には全体の質がもっと高まって許容できる状態であればいいんだけど、まだ組織の成り立ち的にも当社の歴史的にもそこまでは至ってない。
なので、「何がベストか?」だけにフォーカスするプロフェッショナルなマネージャーであれば、その状況に応じたマネジメント手法できちんと結果を出すんだろうと思うと、自分はまだまだである。
どっちが先って話ではなく、まずは自分が変わらないと人は変わらない。
もっと情報発信をしてコミュニケートしよう。
もっと共有しよう。
もっと許容できる幅をつけよう。
今まであった苦労や辛さなんかから比べると、現段階のそれは極めて幸せな課題である。
甘ったるい勘違いした成功感なんて必要ない。
まだまだ先を見据えてやるためには、より素直にくだらないプライドを排除して、すべて丸裸で且つ許容の幅を広げるだけだ。
投稿者 sdv : 19:25| コメント (0)| トラックバック
« 新年度! |メイン| 波乗り行って来ました.....マジでぇ!? »
2008年4月23日
不惑!
普通は40才で不惑と言うらしい....
私の場合すでに44才なので人の平均より遅いみたいだけど、ようやく自分自身で「心に迷いが無く、人生に確信を持てる」状態になれた...と思える。たぶん...
一生涯の責務が見えれば、それに対してシンプルに努力することだけで、その責務について自分は欲張りなんで、なかなかあれもこれも....他にまだいい生涯を賭けるものがあるんじゃあ...って感じで迷いがあったけど、ようやくそういう邪念から逃れられた気がする。
今までも何度か「断固たる想い」とか、「絶対的な責任」とかって言ってたけど、まだまだ深いものじゃなかったなぁと、最近良く感じる。
っていうか、そう思えることを望んでただけで、実際深いところでそうはなってなかった。
これが成長のステップってことか。
ってことは、今現在もたぶん来年には「浅かったなぁ」って思うわけで、どこまでいっても終焉はないんだけど、自分の中でスッキリとマジリッケ無しで迷いがないと腹の底から思えたのは、本当に初めてだと思う。
これ結構気持ちイイかも^^;
投稿者 sdv : 18:29| コメント (0)
« 09新卒リクナビライブ |メイン| 事業への想い »
2008年2月13日
小事を大切に
30数年前に書かれた松下幸之助の書に、“小事を大切に”と言う話がある。
大きな失敗と言うのは、普通誰もが熟考の末、努力の末の結果が失敗となるケースが多く、その過程は、一生懸命やっている場合が多い。
それよりも、小さな失敗や過ちはおおむね本人の不注意なり、気の緩みから起こってくるし、本人がそれに気づいてないことも多い。
千丈の堤も蟻の穴から崩れるの例え通り、そうした小さな失敗や過ちの中に、将来に対する大きな禍根が潜んでいる。と言う教えである。
そういう意味では、大きな失敗は成長の糧であり、不注意や怠慢からくる失敗は、将来の禍根と言うのはその通りだと思う。
徹底して考え抜いた上での失敗だけが成長に繋がるのであれば、日常的な業務での失敗なんて、大半が不注意や計画性の無さであり、それはやってはいけない失敗である。
成長のためには、積極的で“いい失敗”をして欲しいし、失敗肯定論を勘違いしてはいけない。
投稿者 sdv : 23:40| コメント (0)
« 札幌出張 |メイン| 09新卒リクナビライブ »
2008年2月 3日
資本主義とグローバリズムの行く末は...
中国製の加工品や原材料を使った冷凍食品に農薬が混ざっていた事件が起こった。
我が家でも、Co-opの同商品を直前に食べていたのに、全く発症せずでこれはこれで安心。
でも、取りあえずその手の冷凍食品はすべて廃棄。
元々、子供も小さいしできるだけ安心できる食品をと思っていたし、そもそもあんまり加工品や冷凍食品は信頼してないところもあった。
だって、食品に限らず現在のグローバリズムと資本主義の歪な発展、さらに日本の実態的な景況感や格差社会における低価格商品の需要増など、今回の事案は起こるべくして起こっている。
こんなの氷山の一角で、まだまだ同様な話はあるんだろうと思う。
そう言えば今日も、鳴門産ワカメが公然と韓国や中国産のものが混入していたというニュースが出ていたが、もうこんなことには驚かなくなっている。
こういう社会も、結局は「自分の身は自分で守る」社会であり、格差が安全安心と言う基本的人権にまで影響する社会になっているということである。どこまで政府が対処するかや、誠実な企業の努力にも限界もあるだろうし、こういうことを起すモラルの源泉にもまた、生きるために仕方ない部分や教育の問題、情報力の問題などがあり、格差が表面化するグローバルな資本主義社会の行く末にある、極めて当然な構図である。
今までの日本的資本主義とはある種の共産主義的思想の上に成り立っていた面もあり、且つ日本が極端な同化社会であることが安全で格差のない社会を創り上げてきた。
しかし、もはやそんな時代ではない。
それは事実として受け止め、その大きな流れの中で、自分がどういうフィロソフィに基づいて、どういう生き方をするのか.......より思想力の時代になってきたと思う。
同時に思想を貫くことが、ますます困難な時代にもなってきた。
※そろそろもう一度日本の鎖国政策ってのもアリかも^^;
でもそんなの誰も我慢できないくらい、日本人は豊かになりすぎた。
何とか日本らしさを貫きながら、国際社会で生き残る道を歩みたい。
その為には、思想も軍備も国民の一体感も含め、本当の強さが必要なんだろう。
投稿者 sdv : 10:19| コメント (0)
« 2007年を振り返り... |メイン| 2008年 そしてこれからの3年 »
2008年1月 1日
2008年 A Happy New Year!
皆さん、あけましておめでとうございます。
昨年のことは水に流して、前向いて集中できるので、新年って何となく年に1度リセットが許される気がしますね。
私自身は、今年も引き続き今までの流れを一歩ずつやっていくのみです。
さて、少し前にこのブログで「世界のリストラ日本」と言う題で書いた。
英国の人口は現在6,000万人程度で日本の半分以下。
しかし、60年先には積極的な移民受け入れ政策で、減少を続ける日本の人口を8,000万人程度で追い抜くと少し前に報道された。
「円」や「金融」などと言う分野でも、世界の中でこれから日本が負け続けるなんて言う論調は良くみかけるし、「水産物」や「穀物」の買い負け報道も現実のものだ。
移民政策については、フィリピンから看護士や介護士の受け入れが報道されているが、日本人の感性がどこまで積極的な姿勢を見せることができるか。
ビジネスの現場では人不足などと言われているが、今後内需の縮小に合わるようにして、結局は一人当たりGDPの減少が進み、世界の中での貧しい国になっていく。
優秀な人材が必要な一部の企業だけに少なくなった労働力が偏り、また海外への人材流出もドンドン進む。
元旦の日経一面の記事は、なかなか手厳しい。
日常の中で、こういう大局をつい忘れがちだが、すべて事実である。
もはや、世界の中で、いやアジアの中で、ジャパン・アズ・ナンバー1と言う時代では間違いなく無い。
長い歴史の中で、そういう時期は極めて短い期間あっただけのことである。
当社のような若い人材の多い会社では10年先20年先30年先と、企業が適切に継続することが重要だ。
その為には、大局を見極めて一定の年月を経ながら準備を進める必要がある。
今年も今までの流れで一歩一歩と言うのは、こういうことも含めてやっていきたい。
投稿者 sdv : 09:08| コメント (0)
« モバイルビズ1周年決起大会! |メイン| 荷物の整理 »
2007年11月23日
世界のリストラ...ニッポン
ニッポン......かなり危うくなってきた。
元々危惧はあるのだが、足元の力はまだまだ強いものがあるので、気にならなかったかも知れない。
しかし、どこをどう解釈しても、先々かなり危うくなってきた事は間違いない事実である。
サブプライムに端を発したとは言え、我が国の株式市場の低迷が物語るのは、完全に世界から除け者扱いとなっていると言うことである。
国際的な株式取引の時価総額に占める東京市場のシェアは、バブル絶頂期30%も占めていたものが、今や7.3%だそうだ。
東証平均がバブル後最安値をつけた2003年4月でも8.4%あったわけなので、現在の水準は国際シェアでは近年最悪と言う事だ。
「奢れるものも久しからず....」持てる力にあぐらをかいて努力を怠ったり、くだらない「何かがあること」によってプライドを持ち内紛を繰り返している間に、過去の日本同様魅力ある国々はドンドン力をつけていく。
バブル期には、「外国人の買い越し額が何十兆円」みたいな記事が踊った。
この8月は単月で外国人の売り越し額が1兆円である。
確実に世界のリスクマネーは日本市場から撤退しているのである。
これは株式に限った話ではない。
グローバルに見た場合日本のイメージは、「高齢化社会」「労働力減衰」「低成長」「規制の枠組みが多い非オープン国家」というところか。
こんなイメージの国にお金が集まるわけもない。
ニッポンは、世界からジワジワとリストラにあっているのだ。
先々を思えば、こういう視点はいつも客観的に有しておく必要がある。
と同時に、これはまたまた繰り返す人間の真理であることを肝に銘じておかなければならない。
投稿者 sdv : 12:12| コメント (0)
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2007年11月11日
人の本質の話
少し前にNHK-BSで深夜やっていた番組だが、カナダのある小学校で、小学三年生の一クラスを対象とした、差別に関する実験と言うのがあった。
今まで信頼していた先生が突然「背の高い人はバカだと言う調査結果が出たから、これからクラスで背の高い人と背の低い人に分ける」と言い出し、背の高い人には赤い薄手のプルオーバーを着せた。
背の低い児童が黒板の前で答えると「さすが背の低い人は頭がいい」と言い、背の高い児童が答えようとすると「頭が悪いから答えられないのよ」と罵倒する。
背の低い児童は休憩時間の5分前には休みに入り、使える遊具にまで差別をした。
これは、一度差別にあうという被害者の経験をしてみる事で、イジメを理解し無くそうと言う取組みだったようだ。
最後には種明しをして、実際それからイジメは減ったようだが、その中で興味深かったのが、先生が差別をあからさまに行い始めてわずか15分後には、子どもたちがそれに応じていた事だ。
最初は戸惑いもあったが、15分後には背の低い児童が「お前は背が高いからダメなんだ」みたいな事を言い出し、クラスが二分してしまったのだ。
日ごろ信頼している先生の行動であったことも大いに影響していると思うが、それにしても人の本質とはこういうものかと、改めて実験を見て思い知った。
先進国の心のゆとりってのは、こういう人の悪い本質を打ち消すものなんだろうか。
子どもだから、恐らくストレートに人を区別してしまう。それが人の性。
途上国では、もちろんそれが全てとは言わないが、相対的に心のゆとりにかけるから、争いや汚職が耐えないのかも知れない。
これからの時代、この国がドンドン悪い方向へ向かう気がするが、そんな中でも心のゆとりは持ててないと.....日ごろの行動から反省。
「誰が悪い」ではない「何が悪い」である。
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« 最近.... |メイン| 人の本質の話 »
2007年11月10日
わかった!!
何がキライか、ハッキリわかった!!
自分に力も無く努力もしないのに、くだらない講釈垂れて面子を保とうとし、何かに守られているヤツが大嫌いだ!
そういうヤツに、何かで負けるのは相当腹が立つ。
って、こういう風に思って腹が立って仕方ない自分もキライだ^^;
なんで、そういうどうでもいい連中と同じレベルで腹が立つんだ??
ったく、イケテナイ...>自分
早く階段を駆け上がりたいものだ。
のーみは、人に迷惑かけてるやつが嫌いらしい(それ誰って突っ込み無しで...)
投稿者 sdv : 10:20| コメント (0)
« さぁ~楽しもう! |メイン| わかった!! »
2007年11月 6日
最近....
最近のBlogを読み返してみると、ネガティブと言うか“心の叫び”みたくなっている^^;
ハッキリ言ってややこしいToDo満載で、おまけに持株会社と事業会社4社の社長なんて、利益相反関係にあるものをマネジメントしていくって、なんだかそもそもムリな気がしてきた。(アッ仕事放棄モード)
組織全体として、責任と権限、業務を任せるスタンスと理想とのギャップ....なかなかこれは厳しいゾ!
こういう時は、ちょこっと一休み....ハイ、休みモードですいません。
でも、この一休みは、12時間以内なんで^^;
ゆっくり深呼吸して(できれば紅葉見ながら温泉入って、シャンパン飲めれば最高だけど)、落ち着いた気分で、仕事と関係ないこと考えて(すんごくシンプルで幼稚なものの方が良い)、マッタリしまくるのがいいんだけどそういう予定が取れないんで、そんな気分で飲みにでも行きますか^^;
さぁ~、リフレッシュしてから、もう一度!
投稿者 sdv : 20:49| コメント (0)
« グローバリズム |メイン| さぁ~楽しもう! »
2007年10月11日
年のせいか、イケテナイ...
最近気がつくと、“愚痴を言ったり”“人を悪く言ったり”“しょーもない主張をして見たり”....かなりイケテナイ。
そう言えば、この前採用の2次面接をした大学生にも「ブログに文句が多い」って言われたか^^;
「女々しい」と言う言葉はやはりたぶん使っちゃあいけない言葉なような気がするが、あえて使うとすれば、人の事より自分自身が「女々しい」気がしてきた。
これは、なんだか年のせい.....
何となく、年配の頑固オヤジが、ガミガミ威厳を繕うために文句ばかり言ってて、実際には上辺ばかりで中身が無いって....自分もそんな風になってきたのか(笑)
ちょっと気をつけないといけないなぁ~
投稿者 sdv : 23:19| コメント (0)
« ちょっと反省... |メイン| 年のせいか、イケテナイ... »
2007年10月 8日
グローバリズム
グローバリズムとは、「全地球的に市場原理主義を推し広げること」とWikipediaでは定義されている。
先日、確かNHKだったと思うが、TV番組の中で話題の「青海チベット鉄道」と市場原理主義についてのドキュメンタリーが放映されていた。
大筋は、青海チベット鉄道が開通して約1年。
今まで、チベット仏教を強く深く信仰するチベット族が、信仰心を基本として「商売」と言う観点をあまり持たずに生きていたが、鉄道の開業によって漢民族がドッと押し寄せてからは、市場原理主義が急速に浸透し、富める者と、貧しき者が明確になり始め、チベット族の中にも現金を得られる商売を目指すものが出てきた......と言う感じの話しだった。
非常に判りやすい事例として、四川省出身の企業オーナーが、観光ブームに沸くチベットの首都ラサにホテルを建設し、国内はもちろん日本人や欧米人向けにチベット仏教を観光資源としたり、地方のチベット族の人たちを、「能力評価」の名のもとに成果報酬により、50%のコストダウンを実施したりするような話しが、比較的悪者として扱われていた。
しかし、市場原理主義を受け入れた時点で(チベットは本来的に自ら受け入れた訳ではないだろうが)、このような流れを止めることはできない。
中国と言う国の、労働者に対する対応が悪質なことは、国際間の競争に対しては、かなり不平等であるとは思うが、それは日本企業だって同じようなことを現地でやっているんだから、グローバル企業は誰も、この四川省のオーナーを責める事はできないだろう。
さて、現在GDP世界第2位の日本だが、私たちがまだまだ事業を行っていくであろう、今後数年~十数年の間に、中国・インド....などに抜かれ、4位とか5位とかに落ち込むことは避けることはできないだろう。
先進国の指標は、GDPであれば「一人当たりGDP」の方が重要かも知れないし、それ以上に住みやすさとか、教育水準、社会保障、医療の充実度、環境対応度などに重きが置かれる傾向が強くなると感じる。
そんな中で、日本はGDPでも落ち込む、後者の先進国としての大切な指標でも上位には顔を出せない、非常に国際社会においては厳しい時期に突入する。
そんな日本において、もちろんチベットと同じ温度で物事を語ることはできないが、何となく着ているものや食べるものは違えど、同じような感覚に陥る。
この国の土地や建物を買い漁る外資企業を見ても、コンビニやファーストフード、ファミレスで働く外国人を見ても、本当にこの国全体がファイナンスをもちろんのこと、いろんな意味でグローバリズムの洗礼を受けるのは、これからが本番であろう。
私たちの会社が、10年20年と事業を継続し、揺ぎ無い基盤を構築するという意味では、もちろん今現在の事業や人材、組織の在り方など基本的な会社の形をもっとしっかりと築く必要はあるが、並行して事業を展開する上では、こういう観点をしっかりと持ちながら、グローバリズムと市場原理主義の正しい在り方を意識して進めたいと思う。
なんだか、現実離れしているように思う人もいるかも知れないが、現状は現状としてしっかりやるのは当然として、継続的に事業を行う法人企業である以上は、先々の事業においての視点をしっかりと持ち、進めていかなければならず、その為に国内だけを市場にしている中小企業だからと言って関係無いと言う事では全く無い。
投稿者 sdv : 21:26| コメント (0)
« 世襲 |メイン| 改めて“理念” »
2007年8月25日
情報共有
情報共有って、会社でよく言ってるんだけど、たぶんなぜそれが必要かってことを理解してないような気がする。
もうほとんど感覚的に、人間同士が仕事をするのに、共有するって絶対必須だと染み付いているんだけど、そういう経験が少ないと、基本的にその必要性がわかっていないのかと...
ちょっと長ったらしいけど、少し共有とかコミュニケーションについていくつかの視点から。
■どこまでいっても人間同士が仕事をしているわけであって、基本的なことを分かり合えてなければ、いくら我慢してても、どこかで必ず歪さから疲弊していつかは崩壊する。
その分かり合う努力をするのが面倒で、その過程に必ずある傷ついたりもすることがイヤなので、表面的な議論にのみ終始し、本質的な議論を避ける。
(まぁ、それでもうまくコントロールしていればいいが)
やはりどう考えても、必要な要素として仕事に対する基本的な姿勢や考えを分かり合う方が、より良い仕事が生まれやすい。
しかし、待っていても他人は自分の考えをなかなか明かしてくれない。
なので、まずは自分が丸裸になるくらいの気持ちで、オープンに表現する事からだろう。
しかも、自分のネガティブなところを曝け出す勇気ほど大切だ。
それが、本質的なコミュニケーションの第一歩である。
オープンに表現するための手法はいくらでもあるが、まずはアイディア次第で自己表現はいくらでもできるので、ぜひ曝け出してもらいたい。
間違いなく一皮向けて成長した自分に気づくし、良好な仕事の関係が生まれるだろう。
■物事は、何かを覚えようとして断片的にその言葉だけを覚えてもすぐにわすれてしまう。
でも、その答えにたどり着くための周辺の物事の考え方とか、絶対に忘れない歴史的な背景とか、そういう論理を覚えてしまうと、その言葉は永遠に忘れずに自分のものとなる。
歌を覚えるのに、何の意味も無く歌詞を覚えるより、物語としての流れを覚えてしまった方が、それに付随してリズムを覚えてしまうのと、おんなじようなもんかも。
そう考えると、自分が仕事の上で行っていることは、他の誰かにその情報を与える事で、他の誰かの論理の組み立てに役立つ事がとても多い。
その情報を必要かどうかを判断するのは、情報の持ち手(出し手)ではなく、受け手の方であって、それがどのように役立つかなんて、非常に多様な可能性があるので、持ち手にはすべて把握することは無理である。
であれば、社内に多様な情報が行き交っていることの方が、色々な人間がより論理を組み立て、相対的に物事を評価できる可能性が多くなるということだ。
■会社には組織があって、役職毎に判断する責任がある。
その責任を行使しないのであれば、権限も委譲できない。
一番虫のいい管理職とは、重い責任は回避し、自分には甘く、自己満足のための権限を振り乱すタイプであろう。
それはさておき、この判断する責任のためには、情報が必要だ。
報告・連絡・相談を徹底するのも、その為である。
例えば、戦争中の軍隊は、鉄の規律があって上官の言うことは絶対であった。
人の生き死にの責任を上官は担っているわけなので、当たり前だが情報が共有されてなくて、間違った判断をすることは、死を意味する。
なので、鉄の規律を履き違えて、いい事だけを上官に報告するような歪な組織は、崩壊を待つのみとなる。
組織なので、規律の遵守は絶対であるが、その絶対の中には、すべての情報の報告・連絡・相談・共有をしっかりと行うと言う規律もある。
その規律を行わなければ、戦争中なら死が待つのみである。
会社においても、適切な判断を責任を持って行使するために、全社員の情報は必須である。
前述のように、必要かどうかの判断は受け手がするものなので、とにかく徹底して共有する事から始めるべきで、「そんなことは、わざわざ上司に(社長に)言わなくてもいい」なんて言葉は絶対にない。
間違いなく、そう言った上司がいたとすれば、その人間は個人として何かマズイことがあるんだろうと思われても仕方ないだろう。
まだまだ、情報共有ってことについて、その必要性を書き出すとキリがないくらいあると思う。
共有って、その場ではわざわざやらなくても仕事は回ってしまうので、即効性がない分、どうしても疎かになってしまうが、多様な情報(仕事のことでも、自分の人となりがわかるものでも)が行き交う組織は、間違いなく厚みを持てて強くなれる。
そういう文化を根付かせることで、隠蔽体質に陥ったり、オープン性に欠くことが無い様な組織を脈々と運用可能になると考えている。
投稿者 sdv : 11:05
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2007年7月31日
参議院選挙
先週の日曜日は参議院選挙だった。
自民党の歴史的惨敗!って見出しが翌日の新聞を飾り、安倍首相が退陣しないことに賛否両論、喧々諤々.....
「美しい国へ」を読んだ人なら、安倍首相の理念はわかると思うし、決して論理は間違っていないと思う。
でも、なぜこんな結果になってしまったのか??
そもそも、国民がこの論理を理解していないと思う。
国民はもっと怠惰で、一時の享楽に酔い、自分勝手な批判をし、メディアを通じた大勢に流される。
この国の民度の問題である。
同時に、政府も伝え方や方法論にかなりの間違いがあった。
小泉首相は、国民に痛みを伴うことを理解させるために、自民党の議員の首切りを非常にわかりやすく実行した。
自民党をぶっ潰すこと(実際には全然潰してないが)で、お互いに危機感を共有できた。
また、小泉首相の時には、痛みと言ってもまだ切られる前であった。
しかし、安倍首相の時代には、実際に腹を切られ、痛みを実感してしまっているにも関わらず、痛みを共有するはずの政治家が安閑と事務所費などの問題があっても守られていることに、単純に国民が違和感を持ったように感じる。
同じく、社会保険庁も、本当は痛みを共有しなければならないのに、過去からの流れとは言え呑気なことをやっていて、全く国民の痛みを理解できないないことに怒りが爆発した。
また、強行採決や選挙を意識した小手先の手法などは、かなり心象が悪かった。
何となくだが、あんまり難しいことではなく、単純なことがやはり民意を動かしたんだろうと思う。
これから安倍首相の目指す新たな国作りは、もっともっと痛みを伴い、格差が広がることは明確である。
※そうは言ってもまだまだ日本のジニ係数は先進国の中でもかなりの低水準だが。
かと言って、グローバルな経済や物事の考え方の展開についていかなかったら、資源の無い日本はジリ貧になることは明白だ。
そういう意味では、安倍首相の政策そのものは、一定の理念に基づいてベクトルにブレはないように思うし、小泉首相の頃とも基本的には変わっていない。
長期のスパンでも、今やらないと手遅れだと言うのも良くわかる。
やはり、一時的で一元的な見方で政治を捉えるのは良くないように感じる。
今後政局がどのように変化するかわからないが、私自身は現状の日本の方向性は基本的に正しいと考えているので、何とか適切な手法と、政治と金の問題や官僚の問題などに真っ向から立ち向かい、理念を突き通して欲しいと思う。
投稿者 sdv : 21:18
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2007年4月19日
温家宝首相訪日
先日、中国の温家宝首相が訪日され、庶民的なパフォーマンスに、友好的発言を残し帰国されたことが、テレビなどで盛んに報道されていた。
まぁ、何はともあれ、悪い気がした日本人は少ないだろう。
私は、今回の来日について言葉にすれば、「やられたぁ~」って感じか.....
さすが、中国四千年と思った^^;
それに比べて、日本の政治家と来たら....ったく...
ここでも以前に書いたが、安倍内閣はそんなに違和感はないし、「美しい国へ」はなかなかの内容だと思っている。
しかし、さすがにこの内閣の浅さには、嫌悪感を感じ出した。
中川昭一大臣が「中国政府においてNo,3当たる温家宝首相が来日することは失礼!」と言って怒っているのには、唖然としてしまった。
日本という国の国益を守るための手法論が、欧米並みのパワーバランスの中で、強い日本を表現することだと信じていること自体が、もはや時代遅れも甚だしいような。
遣唐使や遣隋使の時代、日本は中国から多くを学び、いつも尊敬してきたのではなかったか。
悠久の流れの中で、どっちが上でどっちが下みたいな感性を、知らず知らずに持ってしまっていること自体に問題があって、そう考えている間はいつまで経っても、本質的な外交などできるわけがないように思う。
もっと深い考えから、本来の日本人の良さを十分に表現し、長い歴史において他国の領土となったこともなく、鎖国という何とも日本的^^;というか、類稀な戦略を取ってきたこの日本という国が、世界に誇れるリソースと人間的要素を存分に発揮したオンリーワンな外交を常に行ってもらいたいと感じる。
その上で、相手を認め、尊敬の念を持ってはじめて、国際外交の世界でやっとスタートラインに立てるのではないだろうか。
確かに、今回の温家宝首相のパフォーマンスには、いろいろと議論があるだろうし、本当のところの狙いも当然あるだろう。
でも、そんなことを気にしていても何にもならない。
当たり前のように、戦略では中国が上である。
まずは、国際社会の中で自分たちが本質的にどうありたいのか!をもっと明確にするべきだと思う。
投稿者 sdv : 18:29
« 安倍内閣 |メイン| 引っ越しました♪ »
2007年3月 1日
ノブレスオブリュージュ
この言葉の実質的な意味や歴史的背景などについては、多くの議論があるように思うので、ここでは端的に「上に立つ者(高貴なる者)の義務」と言う意味として考える。
英国貴族が土地を管理し、農民に小作させて作物を得て、農民の生活を守るために、領土を賭けた争いの際には、先頭に立って戦う姿勢......というのが語源であったと思う。
実際にどうであったかはわからないが、概念的には貴族と農民の主従の関係の中で、互いの信頼関係のために互いのミッションを果たす構造だと考える。
農民の生活を守るため、貴族は有事の際には命を投げ打つ覚悟で戦の先陣に立つことが義務だとされるという意味合いで、武士道にも近い高貴な精神構造を窺うことが出来る。
現代であれば、戦いは国や企業と言うように形を変えているが、この概念は不変である。
当たり前だが、管理職以上であれば上に立っていて実際に主従関係が成り立っていることを認識することが絶対であろう。
その上で、部下の生活を守り通す確固たる意識があるからこそ、本気で戦える。
この一点さえブレていなければ、手法論については少々のことは問題ないので、職責を全うする管理職と呼べると思っている。
投稿者 sdv : 09:26
« 改めて“地域情報化”って.... |メイン| ノブレスオブリュージュ »
2007年2月22日
安倍内閣
かなり以前のBlogで小泉内閣のことを書いた記憶がある。
国民が、一人のヒーロー的首相に盲目的になること自体が、現在の我が国の問題であるというような内容だったと思う。
あれから内閣が変わり、今は安倍首相を中心とした和気藹々感のあるチーム安倍である。
国民の支持率は、日を追うごとに低下し、ついに不支持率が支持率を上回ったようだ。
正直言って、支持率なんてな~んも興味はない.....当たり前か。
小泉さんと比較して、リーダーとしての強さが無いとか、組織を取りまとめる能力に欠けるとか、いろいろ相対的に批判はあるだろう。
ただ、私自身はほんと勝手にだが、かなり安倍首相肯定派である。
「美しい国へ」を読んだから^^;(みんなに、マジで読んだの.....フ~ンと言われるが)だけではない。
リーダーとしての「強さ」とか「リーダーシップ」なんてのは、人それぞれに手法や表現があるわけなので、無理をする必要もないし、安部流を貫いて欲しい。
知らぬうちに我が国全体の思想は、どこか大陸的で損得を意識し、勝った負けたと言うグローバリズムに染まっているように思う。
シドニー五輪の男子柔道100㎏超級決勝は、記憶に新しいところか。
日本人から見て明らかな誤審により、篠原選手が敗退し金メダルを逃した例の試合である。
恐らくすべての日本人は激怒し、確かネット上のコミュニティでも、散々誤審についての議論がなされた。
試合後のインタビューで篠原選手は一言「弱いから負けた」.....
こんなこと、今や誰も美徳とは思わないのかも知れないが、これが言えるからこそ日本人だと、とても勝手な解釈だが今でも信じている。
安倍内閣は、閣僚の失言などもあって、ここまでとても順調とは言えない。
しかし、こんな状況でも安倍首相のインタビューは、当初からトーンに一切変化がないことに気づく。
また、失言や不祥事を起した閣僚に対しても、メディアから散々批判され、支持率が低下しているにも関わらず、じっと我慢を貫いている。
厳しさが足りず、脇が甘いと言えばまさしくその通りであるが、しかし考えてみれば学校ではないのだから、エライ先生たちは自己責任できちんと始末するべきだし、安倍内閣が行わなければならない本質は、全く違うベクトル上にある、より高尚なものであって欲しい。
そう考えるとまだまだ結論を出すのは早いし、自分らしさを貫いた手法と表現で、粘り強く本質を常に見続けて欲しいと願う。
※今の国際社会の中で、一国の首相が“とっても優しくていい人”でもいいじゃないの。
それでも大きな許容の中で芯はしっかり持ち、国益はもちろん大切であるが、それ以上に日本人らしさを重視するような外交も結構イケテルように思う。
投稿者 sdv : 10:45
« 2007年新年! |メイン| お引越し »
2007年1月19日
不二家.....
最近は不二家の不祥事が毎日のように新聞を賑わせている。
確かに、脇が甘く同族経営の悪い部分が出てしまった典型例かなぁとも感じるし、発覚後の段取りの悪さには「謝り方」がほんと下手だなぁと思う。
普段から、こういう状況に自分が置かれる可能性がないかとか(事の大小はあれど)、そうなった場合の対処の仕方を考えておく必要は常にあると思っている。
普段の業務でも、「少しでも悪い」という可能性がある時は、先手必勝でできるだけ早く手を打っていかないと、転がり落ちるように悪い方向へは進んでしまうものだし。
良くなるのには時間はかかるが、悪くなるのは一瞬。
悪くなり始めたのを、良い方向へ向けるには、普段の何倍もの力が必要にもなる。
とにかく、いつも気にして、その綻びが見え始めたら、徹底的に修正する注意力が大切だろう。
さて、その不二家の件だけど、私はメディアとは別の視点で見ている。
これって、日本的村八分だよなぁ......とか、日本の厳しい食に対する安全基準の中、賞味期限(自分たちで決めるもの)を1日越えていたものを使うってのは、結構大切なことなんじゃぁとか。
だって、もったいないし。
店頭で、「本品は賞味期限を1日越えた牛乳を使用しているため、30円安くさせて頂いてます」とかって表示で販売していれば、かなりイケテルのに。
基本は、メディアの報道の裏側にあることを意識することと、自分の頭で考えることで、違う発想をしてみること。
不二家の経営陣の人たち、きっといい人なんだろうなぁ~
でも、今の日本は「いい人」じゃあ、経営は通用しなくなっているのも、ちょっと悲しいような。
まぁ、表向きのいい人が責任を持ってしまうと、結構結果として悪い人になってしまう場合が多いから、しゃーないかな。
投稿者 sdv : 10:18
« MNP |メイン| 事業のモチベーション »
2006年11月17日
焦らない!
基本的に、「こう」と思えば徹底して進んでしまう方である。
この「こう」を見間違ってしまうこともあるが、客観的に見ながらバランスを意識して進むことも少しはできるようになってきたか。
まず、大前提を完璧に間違っていては、正しい答えが出るはずもない。
しかし、ある程度途中で方向を修正しながらも、基本的に間違っていない範囲で物事を進めていれば、次は「こう」を進めるための手法と「徹底のスタイル」である。
だいたい、一人でできない規模のものがほとんどだし、組織的にも多くの人間と一緒に動いていかなければならず、そう考えると「徹底のスタイル」とは、“物事の表現と伝え方”となりそうだ。
この“物事の表現と伝え方”によって、人と組織がしかるべき手法を使って「こう」の方向へ動くことになる。
方向は間違っていないのに、そこへ到達するのに余りに時間がかかってしまったり、そもそも到着できないケースによくあるのが、“物事の表現と伝え方”を誤るケースだ。
「こう」の方向の中には、現状のリソース分析の上という大前提があるわけなので、現有の「人」というリソースでそれは実現しなければならないのに、うまくいかないのはやはりここがポイントだろう。
結局ここにも「許容」が必要になってくる。
同時にうらはらなようで一体である「自信」も必要だ。
自信と許容に基づいて、きちんと戦略的に“物事の表現と伝え方”を考えなければならない。
もし、なかなか自分の思い通りに進まない!わかってもらえない!という場合には、まず上司や社長と「こう」の認識と方向性が間違っていないか、徹底して議論してみることが先決である。
そこが、若干ボヤッとしながらも、何とか認識共有ができているのであれば、あとは「焦らない!」が一番大切かも知れない。
自分は自分でしかなく、それ以上も以下も無いわけで、その自分を信頼して会社は成り立っている。
まるっきり努力をせずにと言うのであれば、根本的に話は成り立たないが、誰もが自分のできる範囲で、無理のない範囲で努力はしているものだから、その上で力以上を求めてみてもどうしようもない。
焦っては、結局結果は遠回り。
焦らず無理なく、でも着実にできる範囲のスピード感で、確実にこなしていく!
“物事の表現と伝え方”においては、相手に対してもこの考え方で接することが必要であろう。
重要なことは「こう」を正しい方向へ導き、成果を出すことである。
投稿者 sdv : 18:15
« メンタルヘルス研修 |メイン| MNP »
2006年11月 2日
いじめ.....
世間では、いじめによる自殺とか、それにまつわる顛末が毎日のように報道されているようだ。
〝ようだ〟というのは、テレビを見てても、そういうニュースからはできるだけ遠ざかりたいので、見ないようにしている。
私にも小学6年と幼稚園の息子がいるので、ことさら心が痛む。
痛みと共に、やり場のない憤りを感じてならない。
いじめそのものは昔からずっとあるものだし、私が小さな時もフツーにいじめたりいじめられたりしていた。
自殺って話になるとちょっとわからないけど。
少なからず問題であると感じるのは、逃げ場のない社会になりつつあることと、許容が明らかに少なくなっているのではないかと感じることである。
人間力や胆力などと言うものがもはや死後になりつつあるほど、存在しなくなり始めているように思う中、世間は格差社会へと突き進み、損得がすべての価値観であるかのような風潮がある。
大人がそして社会が、子供たちに逃げ場のない世界へと導いているように思う。
もちろん、大人も同様であるが、大人は実際に死ぬことの怖さを良く知っているので、精神的疾病などでない限り、かなり違った感性、死生観又は歪な責任感を持たないと、死にいたらしむことは少ない様にも思うが、子供にはそもそも選択肢が少ないのである。
この社会の風潮を作り出している大きな要因のひとつに、メディアの報道の在り方と、誰もが組織やプライドや立場など人が作り出した社会の仕組みに翻弄されて〝人〟として何が大切かを見失っている姿勢があるように感じる。
このいじめとか子供たちの自殺の話については、決して他人事ではない。
大人が社会が、全体で責任を感じるべき問題であり、まずは自分の立場で何ができるかを考え実践すべきである。
そう思うと、日々の社員との接し方でも反省すべきことがたくさんある。
自分も許容と徹底、硬と軟、オンとオフ......何事もバランスの中で、人間力を磨き、自分には徹底して厳しくを実践しなければいけない。
投稿者 sdv : 11:38
« 人生と仕事 |メイン| 自分の頭で考える! »
2006年9月 6日
自己表現
ちょっと日常的な話題であるが、自己本位とか、自分勝手という分野で、自分の考えからすると、ありえないような行動・言動を起こす人がいる。
たぶん悪気はないんだろうけど、かなり気分悪し。
わがままとか自分勝手が許される人と、そうでない人って必ずいる。
許されるのは、当該分野またはその他の人間の営みにおいて、誰もが納得のいくその人を認める要素があって、自信を持った言動を取るケース。
まぁ、表現の仕方もあるだろうけど。
許されない人は、まったくもって口先だけとか、他人に対する熟慮がない問題外のケースである。
同じわがままを言っても、この人となりで捉えられ方が変わる。
また、後者であっても、取りあえずは表現の仕方がうまくて何となく納得させてしまっているけど、本質的には全く力が伴っていないタイプは実に多い。
同時に、この捉えられ方は、都度変化もする。
特別な分野に能力が高く功績もある人なら、少しくらいのわがままも自信の表れとして、逆に人への影響力として良い評価を得る場合も多い。
しかし、これも度が過ぎたり、表現の仕方を間違ったりすると、次第に功績も色褪せ、「あの人は変わってしまって、せっかくの功績に自らドロを塗っている」となってしまう。
周囲を見渡せば、こんな話はいくらでもある。
さて、自分はどうか?
常にバランスを意識し、自己のわがままは自分の自信の表現と達成させるための有言実行のためであり、自己満足だけのわがままに陥らず、利他の精神を持った言動を心がけたい。
同時に、下らない他人のわがままからは、できるだけ遠ざかりたいし、そういうレベルを受け付けない毅然さを身につけたい。
投稿者 sdv : 16:41
« 社内研修 |メイン| 人生と仕事 »
2006年8月30日
健康
今月は、2度中国へ行ったり、夏季休暇で家族旅行を久々にしたり、さいたまへ世界バスケを日帰りで見に行ったりもした。
仕事では、会社分割がいよいよ本格的に日程も決まり、事業構造の見直しや戦略面の整備、さらに組織体制、各種管理体制の整備など、今後進めなければならないことがより明確になってきた。
何となくバタバタとしながら、今までのリズムと違う生活を送ったからか体調が悪い。
今日、近くの病院で診察・検査を受けた。
診察では、症状から原因が“ストレスと過労”らしいが、たぶんそんなことはない(笑
ただ、長引くかも.....と言われたので、相当イヤな気分。
体調を崩して珍しく総合病院に行ってみると、色々な場面、患者さんが目に止まる。
普段健康に生活できていることが当たり前だと考え、病気になっても絶対に自分の芯の強さは失わないと思っていたが、そんなに甘いもんでもないなぁと感じた。
長く闘病生活続け、肉体的にも精神的にもボロボロの状態になって、仕事のモチベーションとかそんな次元ではない意識レベルで病魔と戦わなければならないなんて、全く想像できない。
ほんと、仕事ができていることに感謝しなければ。
また、その時間を大切に過ごさないといけないなぁと実感した。
精神的には、気張りすぎずに、心の余裕を持ちながら、自分のミッションを明確にし、怒らず、腐らず、自分の非を客観的に認め、下らないプライドを捨てて、取り組めるようになりたい。
ぜんぶ、できてないことばかりであるが、そんなことだからストレスが原因とか言われてしまうのかも....
そういう精神状態で、困難な仕事を意図も簡単にやり遂げるくらいであれば、きっと本当の精神の強さも得られるような気がする。
そうなれば、体調を崩しても不安になることもない?かも??
投稿者 sdv : 18:42
« 素直な心 |メイン| センス »
2006年7月 9日
やる気!
やる気があるとか、無いとか、そういうことで結果は見違えるほど違ったりする。
解決しない問題は無い!と言うのは、当然のこととして、どこかにブレークスルーのポイントがあったりするものである。
特に先週から、やる気と言う意味では、相当なモチベーションで、やる気が漲るってこういう状況を言うんだろうなぁ~と思う。
まぁ、あんまり浮き沈みがあってはいけないけれど...
守るべきものが何かが明確になると、結構楽なもんである。
7月から新たに4名が加わり、また気持ちが強くなる。
これから数ヶ月、かなりの変化があると思うが、一歩ずつ進むだけで、その過程で当たり前だけど、やる気が充実することは良い流れだ。
投稿者 sdv : 19:05
« 経営者! |メイン| やる気! »
2006年7月 3日
素直な心
昨日、某高校へバスケットの練習で行って来た。
今年の大阪インターハイ予選1位の高校である。
掲げられた部旗に「素直な心」と記されていて、考えさせられるものがあった。
これは高校体育会の部活動での話しだが、会社や仕事ともある種の共通点はある。
物事を斜めからみたり、余計な言い訳をしたり、言い訳ができるような環境があったり、何かを守るために余計なことを考えなければならなかったり.......そういう要素が素直な心を持とうとする意識を阻害する。
“素直な心”とは、やるべきミッションがシンプルに明確で、深い落ち着きの中から、その先にある目的に向かって素直に努力する姿であろう。
部活動であれば勝つ事であり、会社であれば利益を上げて満足のできる報酬を得て自らと自らの家族が幸せで文化的な生活を享受し、更にその過程での仕事を通じた社会への価値提供を実現する。
部活動でも仕事でも、それらの過程の中で自らが成長し、更に周囲へ良い影響を及ぼすことで相乗効果が生まれる。
その大前提は“素直な心”を持つことであろう。
体育会の部活動であれば、身体能力やセンスの差を埋めるのは簡単ではない。
いくらがんばっても、いつまで経っても2軍暮らしで、試合で勝負できない人もいる。
それと相対的に見れば、仕事ではがんばりが反映されやすいと感じる。
少々能力が低くても、素直に自分のミッションをこなしていく姿勢一つで、いくらでも1軍で活躍できるチャンスがある。
重要なのは「考え方」である。
そして私は、素直に努力しやすい環境を提供し、会社を信じてもらえるだけの体制作りや真摯な考え方を常に実践する努力を人一倍行わなければならない。
本当に多くの人の人生にコミットするという気持ちを、心に深く芯として持てているかを自らに問いかけるとまだまだ反省点が多い。
自分自身も“素直な心”を忘れかけているなと感じる。
強いチーム、組織は、素直に信じることに対して力を発揮できる風土がある。
ルフィも、ロビンを助けていいとわかって余計な気持ちが消えるとあんなに強いんだから^^;
投稿者 sdv : 11:04
« 日本人の心と小規模集団での振る舞い |メイン| WC!豪州戦 »
2006年6月10日
悲しいこと...うれしいこと...
悲しいことがあった。
すべては自分の許容の狭さであり、人間としての成長が進んでいないことに起因する。
これから会社を信じるベクトルに向けて推進していく重要なフェーズなのに、自分自身がミスを言い訳をしているようじゃお話にならない。
うれしいこともあった。
来週、新しくオープンする店舗のスタッフと顔を合わせた。
あまり話はできてないが、何はともあれ新しい仲間が増えることはとてもうれしいこと。
これから苦労はあるだろうし、働くことの意義なんてまだまだ認識を共有できるところまで行き着かないとは思うが、店舗の店長が感じる責任と同様に、私は会社全体としての責任の重さをこういう機会に十分認識しないといけない。
投稿者 sdv : 11:13
« ブレークスルー |メイン| 悲しいこと...うれしいこと... »
2006年6月 5日
日本人の心と小規模集団での振る舞い
昔より大変お世話になっている某社の会長さんから、“目からうろこ”というか、“初心忘れるべからず”みたいな話を聞くことが出来た。
グローバリズムの競争社会で、大手企業の役員クラスは自己保身を行いながら、何とかその期間をミス無く無難にこなそうとする傾向がある。
その期間の数字のためなら、コンプライアンス上問題になるようなことはダメだが、昔からの商売モラルとか、人の連関性の中での大切な振る舞いをおざなりにすることも普通になってきており、日本人らしい小規模集団の中での家族的経営やお世話になった方への義理人情などが失われていることを示唆する内容であった。
働き始めた頃から、冠婚葬祭の大事さを教えられたけど、これは年齢を重ねるのと同時にその意味がわかり始める。
これは想像でしかないけど、グローバリズムとか言って、日本的な慣習を軽視する向きもあるが、案外欧米のできる人たちほど、日本的なそういう人の連関性を重んじているように思う。
多くの日本人が勝手に思い込んだ欧米型経営って、何か違う。
そういう要素も含め、日本人である自分たちのポリシーも含め、ベストな手法に向けて最善の努力をすることが重要であって、自分で考えずに周囲と同じ手法を踏襲し目先の利益を追いかけるのではあまりに芸がない。
ただ、少しだけ想うのは、自分たちがどれだけできているかと言えばまだまだなのだが、大手企業がそういう目先の数字を追いかけ、10年20年30年のスパンで事業を見にくくなっているのであれば、私たちは徹底して自分たちの信じるベクトルに対して、目先のことだけではなく事業を推進することが結構先々大切なことのような気がする。
投稿者 sdv : 18:12
« 箱根 |メイン| 日本人の心と小規模集団での振る舞い »
2006年6月 1日
ブレークスルー
以前に、“突破力”というタイトルでこのblogに書いた。そういう本もあるらしい(読んでないけど...)
“ブレークスルー”も突破という意味では同義語であるが、個人的に少し捉えが違う。
“突破力”はかなり精神論に近くて、モノの見方考え方を指し、“ブレークスルー”は突破するために必要な情報や手法を駆使し、戦略的に成果を確実に見出すと言うイメージがある。
何となく大前研一の仕業か^^;あんまり知らないけど.....
今年度早々から、絶対にやりきる確固たる決意を宣言した。
その手法を検討し進める中で、なぜか非常に深みのある考えから静かな自信が湧き出してくる。
自分の生き様に照らしたフィロソフィーが確固たる芯となり始めていて、その発想の基盤に成り立っているので、すべてが納得がいき、無理がなく、自然であるからだと思う。
ブレークスルーを成立させるために、情報を収集し、検討を進め、いろいろな方々との連関性の中で、確実に実践する。
しかし、実際にはまだまだ入り口に立っただけで、これからホンモノの能力が必要となる。
驕らずに真摯に、客観的な視点を忘れず、冷静に実行する。
近い将来、今の時期が大きなターニングポイントだと思えるように。
投稿者 sdv : 20:21
« このBlogも... |メイン| DIRTY PRETTY THINGS »
2006年5月10日
真理に至る道程
“自らに降りかかる運命はすべて自らの責任である”
当たり前のように今までも言ってきたことだが、先日ある人からも同じ話を聞いた。
多くの人が、こういう信念の元に成長を続けるのであろう。
例えば会社であれば一定のレベルと言うか、規模感、質を含めた成長を遂げ始めると、自らに傲慢と慢心が生まれるのは人の性である。
いつまでも素直に、“すべての運命はすべて自分の責任”として、事業を遂行できればいいが、現実的には戦わなければならないことも往々にしてある。
恐らく、より会社のポジションが向上し、バリューが高まれば、戦う必要が無くなる又は戦い方において、よりドライで戦略的になるんだろうから、当然の如く降りかかる運命は自分の責任と感じられるようになり、理不尽なことが少なくなる気もする。
そう思うと、会社の成長フェーズと自己責任を全うする姿勢と理不尽なものや力負けしないために強さを押し出さなければならないバランスが必要となる。
きっと、そのバランスにおける葛藤を繰り返しながら、常に自問自答し、真理を見出し続ける苦しい旅を続けることが、特に今の世の中においては、しんどいからこそ大切なんだと思う。
「負けない強さ」が無ければ本当の優しさを語れない。
「自己責任を全うする視点」を持ち続けなければ、傲慢と慢心によって成長が阻害される。
成長しなければいつまでも理不尽で非効率で非生産的なものと付き合わなければならない。
投稿者 sdv : 08:50
« 公器 |メイン| 真理に至る道程 »
2006年4月30日
このBlogも...
このBlogに書いてるのが、結構マジメで精神論的な内容が多い....とある経営者に言われた。
確かにその通りで、のんびりした話とかもうちょっと安らぐ内容にはなってない。
私自身は、それも会社のフェーズだと思っている。
同時に当社の顧客であったり、目指すべきベクトル、扱っている商品による部分もある。
まだまだ大人になれていない会社と経営者なので、フェーズと言う意味では、言い訳の温床をわざわざ作ることは避けたいものだ。
ただ、一定の基盤ができれば、社員の安定したモチベーションのために、そして企業としての最終的な価値のために、優しさと人間味のあるマネジメントを行いたいという気持ちが強い。
案外、株主第一主義、利益優先を目指すことの手法論は、そういうことに直接的な手法を用いるのではなく、間接的にイメージ(日本人的、優しさ、エコロジーなど)を構築し、ブランドにすることだと思う。
IT企業にはそういうイメージが不向きであるから余計に自分たちらしさを大切にしたい。
このBlogに時々書いている、日本人論、グローバリズム論などは、すべて当社がどのような理念に基づいて、企業の本質を追及するのかのための基本的な考え方である。
自分の能力的に、且ついろいろな意味の企業としての余力という要素でも、安定した歩みで進みたい。
ただそろそろ年齢的に厳しくなってきたなぁと感じるので、もう少し加速しようか。
上述のようなフェーズ移行も、徐々に進めなければならない。
20代30代の社員の10年後20年後30年後に、自分はコミットしている。
投稿者 sdv : 09:45
« また一歩 |メイン| 公器 »
2006年4月22日
突破力!
どんなことでも、自分で勝手に引いた“限界線”と、自分で勝手に決めた“こうあるべきだろう”という認識と、自分で勝手に考えた“価値”などによって、自分の行動が抑制されている。
元々、何かの拍子に手に入れた知識や経験などからもたらされたこれらの“ボーダー”が、ある意味で自分自身の許容を示している場合が往々にしてある。
こんなこと、当たり前の話で誰だって分かっていることなのに、このボーダーを突破するとなると簡単にはいかない。
突破するための根拠となる強いモチベーションと、その源泉となる目標、責任、成長意欲が、相当強くなければ、案外口先だけに終わってしまう。
だって、わざわざ突破しなくても、フツーにはたぶん生きていけるし。
一度きりの人生....自分は何のために生まれてきて、何のために生き続けるのか?
元々、極々平凡で学もないアホな人間が、どこまでボーダーを突破できるのか?
ヤルしかないでしょ!!
投稿者 sdv : 14:04
« ワンピース#41 |メイン| 突破力! »
2006年4月13日
また一歩
また一歩、決意が強まった!
何が何でも、思った方向へやりきる決意が。
何かを守ろうとしたり、必要以上のリスクテイクを考えたり、自分に自信が持てなかったり、疲れたり....そういうことで、決意は時々弱まったりしてしまう。
断固たる決意!を新年度早々しっかりと再確認したつもりだったが、何かの外的な強い力か、自分の内面にある弱い気持ちかによって、流されてしまう時があったりする。
内面の弱さの中には、人の本能的なものも含まれるので、実はこれが一番困りものかも知れない。
自分で勝手に作ったボーダーラインを超えていかなければ!
決意が曖昧だと、本質的な優しさではなくって、その場しのぎの、または自分が好かれたいための優しさしか表現できないが、断固たる決意と強い自分は、本当の優しさを伝えることができる。
“男は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない。”
ってことなのか、フィリップ・マーロウ!?
投稿者 sdv : 19:48
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2006年4月10日
逆説の日本人論
JAL CARDのメンバーズ情報誌に、「逆説の日本人論」という短い英国人のコラムが掲載されていた。
内容を、簡単に紹介すると。
欧米人のほとんどが「日本人」と「中国人」は似ているという発想を持っているが、来日及び訪中してみれば、それが全くの間違いであることに気づく。
中国人は多くの点で欧米人的。
個人主義でドライで議論を好み、正しいか間違っているかは別にして原理原則を強く主張する。
日本人論を語るとき、そのほとんどが単一民族なので和にこだわり家族的とか、米作民族なので・・・と言われることが多いが、著者は日本人が他の民族と違うのは、日本人に何かが起こったのではなく、島国でおまけに鎖国が続いた日本には、「小さな集団の中で、感情・感性・グループ意識を大切にする社会」という極めて人として正常な感性基盤を維持することができたのではないかと説いている。
大陸の多くの民族は、他民族と接触することを余儀なくされ、そのために家族的・小集団的価値観から、より原理原則を主張し、議論する個人主義を機能させることを強いられたのだと。
中国・インド・欧州・中東など、大陸的な民族には、すべて現代の欧米人的感性が当てはまるそうだ。
例えば、英国は日本と同様に島国であり、最近でこそ欧米化しているが、50年100年前までは、日本との類似点の多い、正直で丁寧で人間関係を重んじる“ものづくり”の伝統が息づく国であったようだ。
コラムでは、日本も近代、大陸から新しい文化を取り入れているが、しかしその軸足は元来持つ基盤に軸足を置いている点に、実は欧米人は惹かれていると締めくくっている。
欧米人の価値観も、日本人の感性も現代では多様化が進み、単純に総論で括れるものではなくなっているが、このコラムの論点は極めて的を得ている。
別に、「日本人万歳」というような、デカダンスな国粋主義を唱える気持ちは毛頭ないが、自分たちが何者で、世界と何が違って、何が優位で何が劣っているのかを傾向として考えることは、自らの理論における根拠の一つとしては持っていたい。
もしかしたら欧米人は、日本人の極めて日本人らしいところが、ウザくて、バカみたいで、気持ち悪くいけど、少しだけ懐かしいのかも知れないんだから......違うか^^;
投稿者 sdv : 21:31
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2006年3月20日
先週は山陰で...
先週、島根・鳥取方面への出張があった。
出発直前の雪で、車の予定を急遽行きは飛行機(伊丹~出雲)で、帰りは電車に変更した。
行きの飛行機は、SAAB340Bというサーブ社のプロペラ機で、36人乗り.....
おまけに、悪天候の中の飛行でかなりビビッた。
乗客は7~8人なのに、全員飛行機の後ろの方に乗せるもんだから、客室乗務員にどうして?って聞くと、「コックピットが重いので、重心を取るためにお客様は8番より後ろのシートに座って下さい」だって....
しかも、結構な揺れで、ちょっと気分悪し。
仕事は、取り合えず済ませつつ、翌日は電車で移動。
前日までの雪模様とは一転の快晴!
春を思わせる陽気に、雪景色がキラキラして、山陰本線の車窓から見える景色がとても暖かだった。
いやぁ~何だかつかの間の安らぎというか、こういう感動的な景色を見るのは、いつぶりだろうと考えつつ、昔は大阪の夕日でも感動してたのに.....と自分の心が、価値観の移り変わりに従って、仕事に集約されていることに気づく。
別に、何が良いとかは無いけれど、“美しい景色”“音楽”“映画”etc に心が動き、感受性が広がることは、仕事における右脳の活用にもつながる訳だし、絶対にバランスを維持していたい。
きっと、未だにスポーツを続ける良さも、アドレナリンが分泌され、瞬間的に脳が全快で働き、自分がいつも利用する脳の働きとは全く異次元で、勝手に体が動きシュートが入る...そういう時の感覚がイイんだろうナァと思う。
もっと、感動する心を大切にしないと。
仕事に忙殺されるだけでは、余りに人として面白みに欠ける。
経営者の責任としての自己成長には、そういう要素も多分にあると思うし。
投稿者 sdv : 23:43
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2006年3月10日
考える力
日本人が考える力を急速に失ったというのは、“教育が悪い”という論調と共によく語られることだ。
「PRESIDENT」誌の記事よると、米国の高校では試験における「カンニング」が許されているらしい。
“覚える”ではなく“最速で正しい解を見出す手法を実行する”という方針のようで、友達に聞いてもいいし、Google mobileを使ってもいいと言うわけだ。
これって、大学ではともかくも、高校で実践しているのは結構すごい!
確かに、覚えることも大切だが、最適解を見出す実行力の方が、社会では重視されているのは誰もが認めるところであろう。
最近小学校の先生と話をする機会がとても多い。
この「考える力」養う教育方針を打ち出している学校である。
実態的に行われている教育手法を細かに把握はしていないが、全体としては比較的ユニークな教育を実践しているように感じる。
現状現場でできる範囲(覚える学習とのバランスを含め)としては、大健闘だと思うが、やはり文部科学省になるのか、市教委になるのかわからないが、方針と時間と予算と計画と構造が余りにいびつである要素は否めない。
社会に出る人材を育てるのに、先生に一般的な社会経験が無いこと自体があり得ないという議論は、あまりに当たり前過ぎて、もはや語られる必要もないか。
「考える力」を本質的に育む手法に取り組まなければならない。
会社に入社してから、そういう話をしなければならない状況では、あまりにも.....
それにしても「考えられない」大人の多いことか。
最近は、知見を有して考えたもの勝ちなのに。
考えられない人は、いつまで経っても敗者であり、言い訳に終始する。
アッそうか、逆にみんなが考えない人の方が都合がいいんだよな。
それに気づいた人が、教育方針を構築しているかも知れないし^^;
投稿者 sdv : 20:17
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2006年3月 3日
日本の高校生...
読まれた方も多いと思うが、先日の日経に「日米中韓高校生意識比較調査」の結果が載っていた。
“大事に思うこと”→「成績がよくなる」日本33%、米中韓73-75%
「希望の大学に入学する」日本29%、中韓75%超、米50%超
“非常に関心のあること”→「日本」・・・62%が「漫画、雑誌、ドラマ」
「中韓」・・・64%が「将来の進路」
「米」・・・64%が「友人関係」、62%が「将来の進路」
だそうです。
ちなみに、「食べていける収入があればのんびり暮らしたい」は、日本がトップ.....
この状態をどう見るか?難しい問題ではあるけど、予想通りと言える結果である。
自ら考えること、成長すること、勉強することに対して、「努力がかっこ悪い」とか「学業優先主義がよくないということを言い訳にする」とかで成長を放棄していて、おまけに大人がそれを求めないという風潮が強いように思う。
勉強ばっかりしていたらよくないとか、ゆとりとかっていつの頃からか言われ始めたけど、そういうことが中途半端な状況を作り上げているんだろう。
そんなことで育った人ほど、苦労がなく温室育ちで、競争力のない大人になって、実際に厳しい社会現実を突きつけられると、逃げてばっかりという結果になる。
※勉強をせよ!ということではなく、勉強でも運動でも働くことでも、とにかく苦労をして、壁をぶち破る経験をせよということである。
これらの根本にある問題が、日本の豊かさであろう。
貧困が少なく、基本的にはお金にさほど不自由してない。
また、お金に対する強烈な執念を見せたりすることは、あまり美徳と思われないところが風土としてあることも大きく影響している。
ハングリーさがなくなったということか。
これから何十年か先、この高校生の意識の差が、恐らくハッキリと経済の場で現れてくるんだろう。
貧富の差が激しくなり、社会から必要とされるか、されないかによって、人の価値が明示される。
順境と逆境、必ず訪れる変化の波を、日本はまだまだ経験しなければならない。
これから数年の、見た目ある程度の順境の期間をどう過ごすかが、ポイントである。
次の逆境は必ず訪れる。
順境の時こそ、逆境を見よ!
投稿者 sdv : 16:00
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2006年2月15日
トリノ五輪と太平洋戦争!?
トリノ五輪は、日本勢のメダルが未だなく、メディアはバカげた敗因を書き立てる.....
男子スピードスケート500mの、加藤選手の敗因が前走が転倒したことによる待ち時間で集中が途切れたなんて、一流のスポーツ選手がそんなことを敗因にするわけがない。
きっと、本気で競技に取り組んだことがなく、常日頃言い訳ばかりで生きているヤツ、又は何かに敗因を求めないとメンツが立たないヤツが書いたんだろうと思ってしまう。
今回の五輪の状況を見てると、やたら太平洋戦争をイメージしてしまうのは私だけ?
モーグルの3Dコークスクリュー720とかフロント・フリップとか、ハーフパイプのメロ・フリップ.....何だか大技が無ければメダルが取れない!ってところが、「超大型戦艦こそが....」みたいな、何となく玉砕イメージとダブる。
メダルが期待された“モーグル”“ハーフパイプ”については、明らかにメダルを取った選手たちと、基本的な技の深みが違ったように思う。
たぶん、選手が一番よくわかっているはずで、だからこそ大技が必要なんだろうけど、さすがに五輪はそんなに甘くはない。
わかってないのはメディアであって、それを鵜呑みにするのが、国民ということか。
事前の情報戦において、遅れを取っている節があるのも、太平洋戦争を髣髴とさせる。
極め付けが、ジャンプ競技でのスキー板が長くて失格という事態だが、選手一人に全てを管理させている体制そのものが、組織としての統制が取れてないのではと思ったりする。
米国から出場したフィギアスケートペアの女子選手が、スロートリプルアクセルをフリー演技で決めることができなかったのも、大技志向に見える。
そう言えば演技後のペアの米国男子選手の動きがやたら“気ぃつかい~の日本人”っぽかったのがおかしかった。
まだまだ日本人のマインドには、戦略性が希薄で、努力している姿と玉砕が美徳で、勝つためにいろいろな手を使ったり、情報を駆使したりってのは、ネガティブだったりするのか。
本気で勝つために最高の努力を行うより、どこかで精神論が先に出てしまう傾向が自分にもあるので、これは気をつけないといけない。
太平洋戦争と、トリノ五輪をダブらせちゃ怒られるかも知れないが、きっとそう感じているのは自分だけじゃないと思う。
まぁ、日本人の良さだと言えば、ある意味その通りなんだけど....
投稿者 sdv : 18:09
« えべっさん |メイン| どうもチープだ! »
2006年1月12日
続!厄年
昨年末,厄年もあと少しで終わり.....と書いたのだが,どうやら厄年って節分までらしい....
と言うことを初めて知らされた.
あと3週間あるじゃないか....と言いながら,そんなに気にならないんだけどネ.
今日は忙しかったけど,かなりイイことあったナァ.
まだまだToDoリストが,30件を下回ることがない忙しさ.
徹底的に働いていたら,厄も逃げちゃうことは経験則.
がっつりいっときましょ!
投稿者 sdv : 22:22
« 忘年会 |メイン| 年末のご挨拶も行けず.. »
2005年12月27日
厄年...らしい
あんまり気にしてなかったが,厄年らしい.
今年が終わると厄があける?というのか...なんだかそういう年のようだ.
全く悪いことは起こらなかったのだが、12月に入ってトラブル続出...
本日も先週に引き続きの徹夜決定.
トラブルと言っても,起こるべくして起こっており,すべて我々の問題である.
会社のスピードに組織も人もついていけていないというべきか.
良い経験...と言ってしまえば、失敗力という意味からもそうだろうが、いろいろな方にご迷惑をかけてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいである.
且ついろいろな方の優しさにふれ,人に恵まれているなぁとつくづく思う.
そういう方々に,もちろんお客様にも,二度とご迷惑をかけないよう徹底した強さで望まなければ.
投稿者 sdv : 02:06
« 強くなりたい! |メイン| 厄年...らしい »
2005年12月19日
忘年会
忘年会シーズン真っ盛りである。
しかし、社内は逼迫中なので、とてもじゃないけど忘年会ムードじゃない。
これは良くない傾向ですねぇ~
今年はお世話になった方々と集まって情報交換を行える時間も少なかったので、自ら2件ほど忘年会の幹事を買って出た。
冷静に考えると、日ごろ内向きな作業が多く、私自身今年は特に外向きな活動があまりできてなかったことを反省する。
忘年会しようと思っても、呼びたい人は結構限られていたりする。
自分の名刺交換枚数は、ここまで1万枚にようやく近づこうとしているのだが、それだけの人と接触しているのに、イザ忘年会で一緒に飲みたい!と思うと.......
お呼びも、そんなに言うほどかからないし、何だかさびしいなぁと思う反面、できるだけ会社にいようと言うところではちょうどいいか。
もっと自分を成長させてくれる人との出会い、そして議論を多く持ちたい。
そこにはかなり飢えているかも。
例えば会社が有名になるってことの一番の利点は、いろいろな出会いがあること、そして良い出会い・悪い出会い含めて、自分の経験が成長につながることなんだと思う。
個人的に、来年は今年以上に深く付き合え且つ自分に影響を及ぼす人たちとの出会いを持ちたい。
また、そう思ってもらえるだけの自分になりたい。
投稿者 sdv : 22:29
« 生き様 |メイン| 忘年会 »
2005年12月 9日
強くなりたい!
強くなりたい!強くなりたい!
タフでなければやさしくなれない.
責任を事も無げに全うする精神と許容が欲しい.
自分自身,まだまだ全く甘いから.
これから今までと違う世界がフィールドになるだろう.
変化に対応できるしなやかさと強さが欲しい.......これって年のせいか...やっぱ.
でも,あきらめた時が終わりである.
投稿者 sdv : 19:36
« ISMS&BS7799 |メイン| 強くなりたい! »
2005年12月 5日
生き様
〝生き様〟という言葉を最近良く使うようになった。
何となく壮絶感と重さのある響きで且つ誰にもさほど違いなく意味合いを共有できる単語である。
「自分は仕事に生き様を照らしているか?」
「自分の生き様は他者に影響を与えられているか?」
答えは、全くNOである。
そんな次元には程遠い。
リーダーがこんなことだから、本質的に変革を担い、組織の外の変化に対応できる組織が育っていないのである。
口先だけの議論は不要だ。
人として、生き様と真剣に向き合っていない、甘えた影響力も必要ない。
ギリギリまで生と戦わなければ、本当の成長は勝ち得ない。
投稿者 sdv : 21:34
« 東京 |メイン| 生ガキ »
2005年11月 1日
小泉首相の内閣改造
内閣改造が今日あったらしい。
っていうか、さほど興味が無かったりもする。
しかし、小泉人気も留まるところを知らずって感じで、平成の名相となるんだろう、たぶん。
やっている内容は賛否両論あるんだろうけど、本質的に改革しなければならない部分をきちんとさばいているところには好感を持っているし、近しい感性で仕事をしているようにも思う。
しかし、今回の人事にせよ、あと1年で出処進退を自ら定めているところにせよ、かなりデキ過ぎですね。
古来から、英雄と呼ばれる人が、世を統治する時代があった。
ここで錯覚してはならないのは、英雄が素晴らしいのではなく、傑出した英雄が世の中に出なければならない、または必然性を持って迎え入れられる時代の方がおかしいってことを。
世の中のバランスが保たれ、モチベーティブな環境が多く存在し、世相と人の生き様がシックリきている時代に英雄は必要ない。
一人のカリスマにここまで国の未来を託し、且つ英雄の存在に盲目的に浮かれてしまい、その本質に気づかないように人々がなってしまっていることが、一番の問題だ。
投稿者 sdv : 00:11